京都福音教会の黎明期 by 平田師
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京都福音教会の歩み 私も藤林先生も、共に京都救霊会館に導かれたんです。だからここ(本部教会)宇治の教会も生駒の流れを汲んでいるのです。 私も藤林先生も、後に国際UPCという教団へ入りましたけどね、なんといいますかね、そのぉ、体質みたいなものがね、救われた時の教会の体質の影響が強いんですよ。 で、途中から、トムソン先生がUPCに入られたので、ま、自動的みたいにUPCに入ったんですよ。私も藤林先生も。 で、結核で長年悪かったそうですから、そのために非常に賢い人でしたけど、学校いけなかったんですよ。新制中学の途中で、吐血してね、学校通えなくなったけど、義務教育だから卒業はできますわね。でもその上の学校なんて病気でいけなかったんですよ。 それで18,9の時に、救霊会館にワイン先生と言う宣教師の先生がいて、牧師として日本人の若い名塚先生がおられた。この人も生駒の卒業した人やったんですけど、その先生が一生懸命戸別訪問してね、その中の一軒が藤林先生の家やったんですわ。新町通りの東に入ったところでしたね。 その家に入ってったら、邦夫先生のおばあさんがおられた。で、おばあさんにお話をしていたら、2階で寝ておられた藤林先生が、押し売りでも来たかと思って降りてきた、そしたら名塚先生がおばあさんとお話をしておられた、それでおばあさんに引き続いて福音を聞かれたんですね。 それでおばあさんが信じて、おばあさんは救霊会館に来られたんです。 そして邦夫先生も信じたんですね。 邦夫先生は、当時よろよろでしたけどね、新町から大宮まで歩くのが大変やったそうです。それを歩いて行こうとした。半分くらいまで行った所で、とてもしんどくなったそうです。体力ないから。 それで行こうか戻ろうか考えたんだそうですけど、半分来てるから、行っても同じ返っても同じ、それなら行こう、言って教会にたどり着いたんだ、とよく証しておられました。 それでそれから、そのワイン先生というのがね、小さな聖書学校を作られたんですわ。28年に信じてね、29年には、ワイン先生が聖書学校作るから入れってね。 そんなこと言われても、そんな学校みたいなものは、若い人が行くとこだと思ってましたのでね、「先生、私みたいなもん年いっててあきませんよ」って笑ってたんですけどね、何べんもね願書出せって言われるんですよね。 何もないんですよ、まだ学校って言っても。 その時、その宣教師のワイン先生の家族はね、金閣寺前に大きな屋敷を借りて、そこに住んでたんですわ。進駐軍が接収してた大きな家があったんですけど、日本が独立するということで、そういう大きな家が返された時だったんですね。それを宣教師が皆借りていましたわ。 トムソン先生も後に、北山通りに、やはり進駐軍が借りてた大きな屋敷を借りましてね、そこでこの教会が始めましたからね ワイン先生もね、大きな家も住んではったんですね。借りて。そこの一角を聖書学校としたんですね。 で、それでね、最初は救霊会館でね、一緒にやってたんです。ところが、クート先生というのがね、立派な方やったけど、すごいワンマンやった見たいなんですよ。 それで、宣教師をたくさん日本に連れてきたんだけど、みんなね、ついていけなくなって、みんなやめたんですよ。トムソン先生もその一人だったんですけど。 そのワイン先生も、クート先生に付いて行けんということになって、クート先生から離れたんです。そしたら、もう救霊会館は使ったらあかんということになって、それで、金閣寺の前にあった大きな家が、半分洋館で半分和風の家だったんです。 その和風の家の方を使って、救霊会館に集ってた人たちをそっちへもってったんです。 そこで集会を始めたんです。 救霊会館の方は、生駒の方が、日本ペンテコステ教団の方が来て、牧会されるようになったんです。 その金閣寺のところの家に、ワイン先生が聖書学校を作るから入れ、入れいうてね、で入った後に、救霊会館を使えんくなったんです。聖書学校から救霊会館に通ってたのを覚えてますからね。 で、私らが入った時には蔵がありましてね、その蔵今でも残ってんですよ、通ると。あれも何で残ってんのか知りませんけどね。そこの角に料理屋があってね、その料理屋の蔵なのかな、そうじゃないすわね、やっぱりね、蔵はね、そこの麓鹿さんちゅう造り酒屋さんの敷地にありましたからね、そこが寄宿舎やってね、私いましたよね、そこに。しばらく。 最初笑い事にしてたんですよ。 先生、私なんか年いってて駄目ですよ、って言ってたんですけどね。 でも段々と私にねぇ、あってるというか、祈っていると、やっぱりこれが私の道だという確信がわいてきてね、 で、父なんかはね、何でそんなとこ行く、言うてね。で、名塚先生の所へ聞きに行ってね。心配でかなわんゆうてね。 ところが、帰ってきて、ぷんぷん怒っててね。ほいで、あのぉ、 あんなんいってもわからん。なんでもね、ききたいところに来ると、それは神様がしてくださいます、というだけで、あんなの答ならへんってね、それでねぷんぷん怒って帰ってきたの覚えてますね。 |