同じ冊子の表紙の下半分は、目次となっている。

巻頭記事はビクターの父親が書き、2番目をビクターが書いている。この並び方が当時の教会の中での「序列」をどこまで反映していたかはわからないが、平田きぬの名前が牧師の名塚宏次の次に出ているのは、聖書学院への献身者一号として彼女が高く評価されていたことを示していると思われる。名前の書き方から想像するに、この表紙は藤林邦夫の手になるものだろうか。他の名前に比して、「藤林邦夫」の文字がひときわ落ち着いて座っているように見える。

この目次を見る限り、宣教師も牧師も信徒もまるで区別がつかない。この時代はまだ、目次にまで「○○師」などという怪しげなタイトルを使うことはなされていなかったようだ。私達教育に携わる者は自嘲的によく言う。「教師の師は詐欺師の師」と。

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