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Weekly Readings 200329

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物理的には他の瞑想者たちと隔たっているとしても、聖霊の中で一つとされている。毎朝、毎晩、瞑想のために30分間時間を取りなさい。可能であれば、同じ時間、同じ静かな場所で瞑想しなさい。瞑想が自分の一日の自然な一部になるからです。時間は十分に取りなさい。マントラを忠実に唱えなさい。そして聖霊の中で私達すべてを一つにする沈黙のネットワークの中に入りなさい。

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Fr Laurence Freeman神父著 Dearest Friends, January 1997 WCCM International Newsletter.

 

想像の世界の中ではなく現実に日々の瞑想を他のすべての生活習慣の真っ只中に組み込むことは私達の中でもっとも優秀な者にとっても一つのチャレンジです。いや、私達の中にある最善なものにとってのチャレンジです。瞑想は犠牲というものの普遍則への現世における入り口なのです。あるインドのお話の中で、ビシュヌ神が毎日シバ神の足下に1000個のハスを捧げ礼拝していました。数千年間そういう礼拝を続けた後のある日、ハスを下に置こうとしたビシュヌ神は、その日は999個しかないことに気づきました。(時にはそういうことも起こるものです)ためらうことなくビシュヌ神は、美しく、ハスの形をしていた自分の目をくりぬき、999個の中にそれをいれ、自分のささげものを完全なものにしたのでした。

 

礼拝は、瞑想の、そしてすべての愛の、心における原動力である自己犠牲を理解する別な視点を与えてくれます。犠牲は、何か貴重なもの、それも、心の中では、実は、足をけったり金切り声を上げているのに持ち去られていってしまうというものではありません。むしろ、さらに大きな至福と充足の中に入り込む尊い機会なのです。そういう(至福や充足の)瞬間に受け容れ、与えることが、まるで愛の錬金術のように、私達の全存在をまとめ、一つのものにし、素朴にしてくれる賛美の賜物なのです。

 

これが瞑想におけるマントラの多元的なはたらきなのです。そしてそれだからこそ、マントラを唱える時は本当に単純にならなければならないのです。そうして初めて、これらすべての次元が調和し、ともに発達することが可能になるからです。それは単に時間を捧げるというだけではありません。<略>私達の頭のありとあらゆる階層におけるさまざまな思い、想像、会話もさしださなければなりません。ビシュヌ神の場合と同じように、ものを見、そして知る術のすべてを完全に捨てなければならないのです。しかしそれは、ほんの一時的な、そして部分的な失明状態に過ぎません。それは、ものを見、そして知る、新しく、より大いなる方法への信仰の行為なのです。

 

マントラは、<略>私達が全存在をかけて行う自然発生的な賛美の行いを、祈りの体験の中へ導入します。神に、あなたは何と全能であり、全知であり、普遍の存在でいらっしゃることかと語りかけるだけではありません。私達の実存そのものに本質的に備わる、恵みにより、子とされることにより、愛によって、神と同じ存在となることへの招きを受け入れることなのです。恵みと人間性のこの協働の中で私達の存在はまったきものとなるのです。マントラに耳を傾ける時、私達のものであり同時にキリストのものである純粋な賛美の賜物の中で、癒し主キリストが最も大いに働いてくださり、深みと表面を、内側と外側を一つにしてくださるのです。

 

ジョン神父が教えてくださったように、瞑想は、気をそらすものがある中でマントラを唱えることばかりではなく、マントラに耳を傾ける安らぎの中でもっとも純粋に祈りとなるのです。

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覚えておきなさい。腰をおろし、背筋をピンと伸ばして身動きせずに座りなさい。眼を軽く閉じ、体をリラックさせて、しかし心はとぎすませて座りなさい。声を出さずに、心の中で、一つの単語を唱え始めなさい。私達は「マラナタ」という祈りの言葉を薦めます。同じ長さの4音節としてそれを繰り返しなさい。自分の唱えるその言葉に耳を傾けなさい。マラナタは、そっと絶え間なしに唱え続けなさい。何も考えたり、想像したりしてはいけません。霊的なことであろうと俗的なことであろうとです。色々な考えやイメージが浮かんできますが、それらは過ぎるに任せなさい。最初から最後まで、ただ自分の注意を謙虚に飾り気なしに、自分の選んだ言葉を信仰のうちに唱えることへ戻しつづけなさい。

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瞑想の後で

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D.H. Lawrence, "PAX,"  noted in David Steindl-Rast, OSB, GRATEFULNESS: THE HEART OF PRAYER (New York: Paulist, 1984), p. 185.

 

真に重要なのは、生ける神と一つであること、

命の神の館で生きるものとなることだ。

 

椅子の上に眠る猫のように、

安らかに、あらそいもなく

そして家の主人と、女主人と一つとなって

くつろいで、生ける者達の館の中でくつろぎ、

暖炉の上で眠り、火の前で伸びをする。

 

命ある世界の暖炉の上で眠り、

命の火の前でくつろいで伸びをする

生ける神が現にいますことを

大いなる安堵と感じながら

心の中の深き静寂

命の館の中で

自分本来のそして自分よりも大きな存在のなかで

食卓に座るご主人のように

現にいますことを

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