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The World Community for Christian Meditation +
Weekly Internet Medit@tion Group
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Weekly Readings ?2004
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物理的には他の瞑想者たちと隔たっているとしても、聖霊の中で一つとされている。毎朝、毎晩、瞑想のために30分間時間を取りなさい。可能であれば、同じ時間、同じ静かな場所で瞑想しなさい。瞑想が自分の一日の自然な一部になるからです。時間は十分に取りなさい。マントラを忠実に唱えなさい。そして聖霊の中で私達すべてを一つにする沈黙のネットワークの中に入りなさい。
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Laurence Freeman, Web of Silence: Letters to Meditators (Letter Twelve)
から抜粋

静止状態に入ろうと腰をおろした瞬間に、日々働いている意識の表層からは少し下がった次元へと入る。それはまるで鍛錬されていない、落ち着きのない私たちの猿のごとき精神がいかなるものであるかに容赦なく気づかされる瞬間である。雑念の度合いにおいてましな日もあれば、ひどい日もあるが、それとても人間の表層意識がいかに気まぐれなものであるか、いかに外的状況に依存しているか、人間とはいかに中心をもたないものであるかの証しでしかない。だから、腰をおろし、マントラを唱えるのだ、信仰をもって、そして意識を集中して。と、3秒以内に(調子の良い日の話)、買出しのリストを作り始めたり、今晩何を着ていくかを決めたり、かけ忘れた電話で何を言うかを練習し始めたりしている、、、。

こんなにも雑念が溢れているのかと気づくと、大いに意気消沈するものだ。だからこそ覚えておこう。それは誰しも例外なく気づくことなのだ。でなければ1600年も昔に、ジョン・キャシアンがマントラ(彼はフォーミュラ(定型文)と呼んでいたが)を奨めるなどということはなかっただろう。しかし現代という時代には、人間生まれつきの雑念に、私たちが日々その中を泳がされている情報と刺激の氾濫がおおいかぶさっている、、、。このことに気づいて、やる気をなくし瞑想をやめてしまうことは簡単だ。「これは、私には会わない霊性だわ。私は、鍛錬には向かない人間なのよ。どうして祈りの時間にまで努力しなければいけないの?」と。だが、ほとんどの場合、このような言い訳は、失敗した自分のもろさをネチネチととがめる意識、つまり傷ついた自己否定的エゴを覆い隠しているのだ。「私は何をしても駄目なんだ、瞑想ひとつできないんだわ。」と言っているのだ。

この導入段階で何よりも必要なのは、瞑想の意味をきっちりと見抜くこと、そして今はまり込んでいるように思われる意識よりももっと深い次元から湧き上がってくる渇望感である。だから、実を言うと、まだ、それとは気づかないかもしれないが、このまったく最初の段階から私たちは神の恵みに、恵みによる促しに遭遇しているのだ。それは、外からは、教えとか、伝統、霊的友情、霊感などという形でやって来る。そして内側からは、もっと深い体験を求める直感的な渇望感として現れてくる。わが内にも外にもおられないキリストが霊として外から背中を押して下さり、内から引き寄せてくださっているようにおもわれる。

瞑想は信仰と愛の道である。それにともなう諸段階を経ることによって信仰とは信心以上のものであるとわかる。「悪魔ですらが神を信じている。」従って教義的正当性をあまりに強調することは信仰を減じることになる。信仰(訳注:原語はfaith)というのは基本的に人間関係に対し個人として献身することである。だから忠実な(faithful)結婚や友人などと言うのだ。信仰(faith)は、時を経る中でのみ培われるものだ。しかし信仰が成長すると、この 時 の王者たる死よりも強い愛の結合(原語union=一つになること、融合)が顕れてくる。

もし瞑想が私たちの生活を変えるとしたら、それは魔法によるのではなく信仰によるのである。マントラは信仰の秘蹟、人間関係と、結合(union)の秘蹟となるのだ。たとえば自分の言葉を唱えることというような些細なことにおいても忠実(faithful)であるようになると、人生のあらゆる関係において忠実であるようになる。それは、イエスの言う通り、狭い道であるが、一度、自分のすべてを委ねきるゼロ地点を過ぎれば、神の存在の中での無限の拡大の中に押し広がっていく。そして私たちの召しはそのような存在たれというものなのだ。信仰の中でその道をたどるならば、その旅路が退屈なものなどということは決してない。その静止は 動に対する静 などでは決してない。そこは、もろてをあげ、あらゆるものを受け容れてくださるキリストの抱擁の御座する場なのだ。キリストが門であり、ゴールであり、そしてその間の全行程なのである。私たちはキリストの中に浸りきっている。キリストのおられない所などどこにもない。
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覚えておきなさい。腰をおろし、背筋をピンと伸ばして身動きせずに座りなさい。眼を軽く閉じ、体をリラックさせて、しかし心はとぎすませて座りなさい。声を出さずに、心の中で、一つの単語を唱え始めなさい。私達は「マラナタ」という祈りの言葉を薦めます。同じ長さの4音節としてそれを繰り返しなさい。自分の唱えるその言葉に耳を傾けなさい。マラナタは、そっと絶え間なしに唱え続けなさい。何も考えたり、想像したりしてはいけません。霊的なことであろうと俗的なことであろうとです。色々な考えやイメージが浮かんできますが、それらは過ぎるに任せなさい。最初から最後まで、ただ自分の注意を謙虚に飾り気なしに、自分の選んだ言葉を信仰のうちに唱えることへ戻しつづけなさい。
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瞑想の後で
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愛は愛ではない
変節に出会えば変ってしまい、
圧力に出会えばくっしてしまうとするならば
とんでもない、愛は、
いかなる大嵐に出会っても決して揺らぐことのない

動くことのない標である

その高度を測りはするが、その価値は未知な
さまよう帆船にとってのあの星である。

愛は、時に翻弄される愚か者ではない、ばら色の唇と頬が、
時の折れ曲がった大がまの羅針盤の中であらわれはするけれど、
愛はほんの数時間や数週間という時とともに変容することはなく
破滅の際に至るまで持ちこたえるものだ  (Wm Shakespeare, Sonnet 116)
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