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Weekly Readings 2004年1月25日号(1月25日配信)
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物理的には他の瞑想者たちと隔たっているとしても、聖霊の中で一つとされている。毎朝、毎晩、瞑想のために30分間時間を取りなさい。可能であれば、同じ時間、同じ静かな場所で瞑想しなさい。瞑想が自分の一日の自然な一部になるからです。時間は十分に取りなさい。マントラを忠実に唱えなさい。そして聖霊の中で私達すべてを一つにする沈黙のネットワークの中に入りなさい。
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A selection from Laurence Freeman OSB "The Labyrinth," JESUS THE
TEACHER WITHIN (New York: Continuum, 2001), pp. 230, 234, 235-6.
実存の悲哀を潜りぬけない限り存在の喜びに入ることは出来ません。どうすればそうすることができるのでしょうか。個々の、孤絶した存在意識のはりめぐらすブロック塀を超越するテクニックなどありません。私たちには、仏陀が「巧みな手段」(原文では”skillful means” 適切な訳語をご存知の方、ご教示ください)と呼び、聖ベネディクトが「霊的技巧の様々な器具」(原文では、”tools
of the spiritual craft)と呼んだ、霊的行脚の様々な鍛錬法しかありません。これらは、忠誠と謙虚、堅忍と単純さという資質であり、瞑想はこういうものを絶対的に必要としますし、且つ又発達させてくれます。しかし、表面において、また深層において様々な雑念が静められ、心の活動がほとんどまったくない状態で瞑想の中に静止している時ですら、自意識という雑念が一番の根っこのところで働いています。「沈黙だ」と胸の内でつぶやいたり思ったりしている限り、沈黙ではありません。そして、完全な沈黙でない限り、まだそこには届いていないのです。沈黙とは、「私」という思いの孤絶状態が死ぬことであり、またそれが、御霊という真実の自分の中でよみがえることなのです。仮に、自分の祈りがどういう段階にあるかを観察できるとすれば、まだ自分の行き先について考えていることになります。普段、私たちが「考え」と考えるものを吸収し超越する意識の中に留まっている限り、御国が内にあり、私達はすでに御国の中に入っているということは十分には分かりません。しかし、こういったまったく剥き出しの覚知に至ると、それまでマントラを唱えつづけた信仰もまた成熟に近づいてきます。それはすでに絶望と抑鬱に対する解毒・予防剤となっています。そして私達は、ますます深まる深淵の中で、どんどんかすかなものになっていくマントラの響きに聴き入り続けることができるようになっています。喜び、そして苦しみの両方において、偽りの慰めなどなしに、存在のさらに深い次元の中へと入り込むことができるのです。苦しみは、いかなる代価を払ってでも絶対に避けるべきものであるというエゴの浅薄な判断を超えています。たとえそれが苦痛に満ちたものであろうと、あらゆる成長の好機を見逃しはしません。<略>私達は、この孤絶の暗い谷間を通り抜けない限り、融合(原文unionひとつであること)の緑の牧草地に休むことは出来ないのです。この旅のどこかで、私たちを完全な全体から切り離しているかに思われる個の壁が、単純に開きます。その壁を強固に突き固めていた実存の悲哀がとけてしまい、その壁が崩壊するのです。その壁が開くと、あらゆる時が現在の瞬間に、神の個としての「私は在る」という永遠の今に吸収されるのです。「イエス・キリストは昨日も、今日も、そして永遠に変わることのないお方です。」瞑想の旅路との関係で言えば、この言葉は、際限ない雑念の浮かぶ表層においても、蓄積された記憶という第2層においても、そして隔絶されたエゴのレンガの壁に直面する第三層においても、あらゆる意識の層において変わることのないお方であるということを意味しています。キリストの姿を見てそれと気づく能力は私たちが集中している意識のレベルによって制約されているに過ぎないのです。しかしキリストは、今も、以前もそしていつも変わることのないお方ですから、その実在は、キリストを意識する私たちの能力次第でかわるようなものではありません。私たちがキリストを知っていようがいまいが、常に共にいてくださるのです。聖ヨハネが語っている愛は、私たちの神への愛ではなく、神の私たちへの愛なのです。常に、神がまず愛してくださるのです。壁の向こう側で、御霊の中でイエスに出会うといっても、それは、それ以前の段階では出会っていなかったというわけではありません。ストレス一杯の生活の中で一つのことから次へと駆け巡っている時、意味のないおしゃべりで一杯にであった精神の中でも、あるいは、痛みと恥とが解決を求めてもがいている孤立した、痛みの内面世界においても、そして、すべての衣服を脱ぎ捨てて、自分一人でしかないことの悲痛以外にはとりつく島一つない剥き出しのエゴの壁の前に座っている時ですら私たちの中にいてくださるのです。ご自身が十字架にかかられた時に私たちの中にいてくださったように、私たちが十字架にかかる時にも私たちの中にいてくださるのです。イエスの不在と臨在はキリストの弟子であることの喜びに満ちた神秘です。瞑想は意識の全階層でいかに見、そして生きるべきかを教えてくれるのです。「よくよくあなたがたに言っておく。私は羊の通る門である。私を通って入るなら、その人は救われる。また出入りして牧草を見つける。」(ヨハネ10:7[原文のまま:日本語訳では10:7−9])
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>>>>> 30分間瞑想
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覚えておきなさい。腰をおろし、背筋をピンと伸ばして身動きせずに座りなさい。眼を軽く閉じ、体をリラックさせて、しかし心はとぎすませて座りなさい。声を出さずに、心の中で、一つの単語を唱え始めなさい。私達は「マラナタ」という祈りの言葉を薦めます。同じ長さの4音節としてそれを繰り返しなさい。自分の唱えるその言葉に耳を傾けなさい。マラナタは、そっと絶え間なしに唱え続けなさい。何も考えたり、想像したりしてはいけません。霊的なことであろうと俗的なことであろうとです。色々な考えやイメージが浮かんできますが、それらは過ぎるに任せなさい。最初から最後まで、ただ自分の注意を謙虚に飾り気なしに、自分の選んだ言葉を信仰のうちに唱えることへ戻しつづけなさい。
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瞑想の後で
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Laurence Freeman OSB著、Dearest
Friends,” WCCM International Newsletter, August 1997, p.7.
ある日、フローレンスで、サン・ミニアト大寺院の聖堂地下室から階段を上がっていた時、キリストの[私たち]との友情の広大な神秘を象徴する一つのイメージが浮かびました。階段を半分あがったところで、開いていた扉の所までずっと続くバシリカ聖堂の全体がなにものにさえぎられることもなく見えてきたのです。もう10センチも上がっていたら、フローレンスのパノラマ全景を見通していたことでしょう、何しろサン・ミニアトはフローレンスを見渡す丘の上にあるのですから<略>。しかしその時私が立っていたところからは、教会の黒っぽい玄関と暗い聖堂の素朴なインテリアにくっきりと縁取られた、この上なく透き通った明るい空しか見えませんでした。外の、まったく何もない広々とした透き通った空以外には、内側の陰に縁取られた純粋な光以外には、見えるものは何もありませんでした。イエスは一度御自身のことを、私たちが神の無限の中へと入っていく門と言われたことがあります。イエスは、このことを私たちとの友情を通して、そしてすべての人間関係を通して教えてくださっているのです。
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