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Weekly Readings ?2004年4月4日
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物理的には他の瞑想者たちと隔たっているとしても、聖霊の中で一つとされている。毎朝、毎晩、瞑想のために30分間時間を取りなさい。可能であれば、同じ時間、同じ静かな場所で瞑想しなさい。瞑想が自分の一日の自然な一部になるからです。時間は十分に取りなさい。マントラを忠実に唱えなさい。そして聖霊の中で私達すべてを一つにする沈黙のネットワークの中に入りなさい。
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John Main OSB著、 “The Christian Crisis,” THE PRESENT CHRIST (New
York: Crossroad, 1991), pp. 76-78より抜粋
仮に、この内なる旅――心への旅、私達の中にいますキリストの臨在への旅のために自分に備えられている力に自分で限界を設けるようなことがあるとすれば、それは自らを卑しめることです。聖パウロが教えているとおり、この旅に必要な力は無尽蔵に与えられるもの、「イエスを死者の群れの中からよみがえらせた神の力に他なりません。」<略>この力はキリストの存在の根源において発揮されており、キリストの臨在は私たち人間存在の根源において見出されるものなのです。この神の力が生じせしめた変身――「復活の栄光」――は、人類全体の存在の最も深いところで成し遂げられたものなのです。私たち一人ひとりが認識しなければならないことは、自分は魂の最も深いところで一度死に、キリストにあって新たなる命へとよみがえらせられているのだということです。私達の実存の基本的な課題は、キリストの命に開かれて在るものとなることです。<略>キリストに対し、その深みにおいて開かれて在る中で注意を集中してはじめて、この命が創造全体の力である、創造主の力である、愛の力であるということに気づくのです。
この旅は、自意識(つまりエゴというプリズムを通してものを見ることから生まれる雑念とエゴの偏狭さ)から自分への気づき(私達の実在への参入についての明瞭で敷衍された知識)にいたる旅ということができます。教会それ自身が、この意識の変質の特別なしるしであることが求められているのです。教会自体のイメージや、成功や、あるいは影響というものを越えて求められているのです。<略>教会は、この厳しい道へ、自己を越えてキリストの意識の中へと踏み出す勇気をもつ男たちや女たちによって活性化されてきたし、これからも常に活性化されていくのです。
瞑想の体験の中で私たち一人ひとりが学ばなければならないことは、この行脚に必要な力が事実として無尽蔵に私達の中にあるということです。信じて一歩を踏み出しさえすれば、自分の体験からそのことがわかるのです。心に刻んでおくべき大切なことは、どんなにつたないものであっても、実際に一歩を踏み出す方が、想像の世界で何回もその旅を演技することよりもはるかに価値があるということです。<略>
それで私たちは、その時の心配事や俗事のために、私たちがその中に生き、私達の存在がそこに根ざしている至高の現実を忘れないために、毎日、2回瞑想の時間を持つのです。忠実にそして純朴に、日々二度の瞑想の中でその行脚の道をたどる時、その流れが私たちを、時を越えて、すべての不一致を越えて、あらゆる限界を超えて、「今」の中へ、?神の無限の自由の中へ、私たちを運び込んでくれることがわかるのです。<略>キリストのメッセージの本質は、聖パウロが言うように「それは知識を越えるもの」ではあるけれど、この愛と、この力を知ることにあります。だから私達は、私達の知識よりも大きな知をもってそれを悟らなければならないのです。なぜならそれは単なる人知の及ぶものではないからです。これをキリストの意識で知らなければなりません。<略>この力に向かって第一歩を踏み出すと、神の御国が不意に現れ始めます、私達の中で生まれ始めるのです。
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覚えておきなさい。腰をおろし、背筋をピンと伸ばして身動きせずに座りなさい。眼を軽く閉じ、体をリラックさせて、しかし心はとぎすませて座りなさい。声を出さずに、心の中で、一つの単語を唱え始めなさい。私達は「マラナタ」という祈りの言葉を薦めます。同じ長さの4音節としてそれを繰り返しなさい。自分の唱えるその言葉に耳を傾けなさい。マラナタは、そっと絶え間なしに唱え続けなさい。何も考えたり、想像したりしてはいけません。霊的なことであろうと俗的なことであろうとです。色々な考えやイメージが浮かんできますが、それらは過ぎるに任せなさい。最初から最後まで、ただ自分の注意を謙虚に飾り気なしに、自分の選んだ言葉を信仰のうちに唱えることへ戻しつづけなさい。
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瞑想の後で
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A selection from St John of the Cross, DARK NIGHT OF THE SOUL (New York:
Image, 1959), Bk 2, Ch 13, pp. 142-143.
St John
of the Cross著、 DARK NIGHT OF THE SOUL (New York: Image, 1959), Bk 2, Ch
13, pp. 142-143から抜粋
気高い人であったマグダラのマリアがその場に居合わせた多数の男たちを、重要人物であれ、ごく普通の人であれ、まるで気にかけなかったのはこのためであった。また彼女はその客たちの間でさめざめと泣き、涙を流すことだって、品がないだとか、無作法にみえるだとかと思うこともしなかった、一時間先にのばさずとも、あるいはさらに一季節待たずとも、自分の魂を傷つけ情熱の炎に火をつけた主の愛を求めて手を差し伸べることができさえするならば。それほどに愛は人を酔わせ、大胆にするものだから、マリアは、自分の愛する人は、封印をされた岩で閉ざされた墓に入れられ、弟子たちが盗んでいくことがないようにとその墓を守る兵士達に囲まれていると知りながら、そんなこと一切おかまい無しに夜明け前に、主の身体を清めるための膏薬を持って出かけていったのだ。
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