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日本語監修センター
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定例瞑想会
日曜日
午後7時-8時
京都市左京区
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水曜日
午後6時半-7時半
京都市上京区
西陣カトリック教会


The International Centre
The World Community
for Christian Meditation
St. Mark's, Myddelton Square
London EC1R 1XX
England, UK
International Office:
+44 0207 278 2070
Email: mail@wccm.org


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Weekly Readings - 2004
613
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物理的には他の瞑想者たちと隔たっているとしても、聖霊の中で一つとされている。毎朝、毎晩、瞑想のために30分間時間を取りなさい。可能であれば、同じ時間、同じ静かな場所で瞑想しなさい。瞑想が自分の一日の自然な一部になるからです。時間は十分に取りなさい。マントラを忠実に唱えなさい。そして聖霊の中で私達すべてを一つにする沈黙のネットワークの中に入りなさい。
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"Integrity”

An excerpt from John Main OSB, “Integrity,” WORD MADE FLESH (London: DLT, 1993), pp. 55-56.

心の中に、存在の、あの不可欠な内なる炎を持っているのに、人生をものすごい勢いで駆け抜けているかのように思われることがしばしばあります。あまりに駆けるので、その炎が消えそうになるほどです。しかし腰をおろし、静止と単純さの中で瞑想をすると、その炎は明るく着実に燃え始めます。成功やうぬぼれの観点から物を考えるのをやめると、その炎の光が自分を、そして他人を、光、ぬくもり、愛の観点から理解することを助けてくれます。

マントラが、この存在の炎が明るく燃えることができる静止の地点に導きいれてくれます。マントラが、私たちが知ってはいるが、しばしば忘れていること、すなわち、何か根底にある目的の上に根ざしていない限り、十分で完全な命をまっとうすることはできないということを教えてくれます。命には、絶対的意義と価値がありますが、それは存在の静止の中での安定に入らない限り実際に見出されることはありません。そしてこの状態が、根本において神に根ざしている状態なのです。

単純で決まりきった日常の中で生活することは恐ろしいほどに簡単なことです。様々な役割を果たしているうちに存在することを忘れることは実にたやすいことです。学生だとか、お母さん、夫、経営者、修道僧、などといった日常の中での決まりきった役割をただこなしているという状態に陥りがちです。イエスが来たのは、生きるというのは、役割を果たす、すなわち何かの機構の一つの部品となるためではないと教えるためです。生きるということは、私たちにかなう限り最高に静止した存在の深みの中で感じ取られる意味と目的にかかわることなのです。私たちの価値は、自分で思い描いた役割像の中で何をするかということではなく、私たちが本質的に何者であるのかというところから生まれてくるものです。

神の究極的な意味は、社会が規定する私たちの姿から生じてくるものではありません ― そうだとすればそれは、イエスの言うところの、「神の承諾よりも人間の承諾をもとめる」ことになるでしょう。聖トーマス・モアが国王の承諾よりも自分の良心を選択したためにロンドン塔に投獄された時、彼の公の役割は打ち壊され、ただの犯罪者となりました。しかし彼の高潔は破壊されませんでした。彼は、世間の目、いや自分の目に映る次元でばかりではなく、神の目に映る本来の自分というものを知っていたのです。彼は、自己知識の本当の深みから生まれてくる深い確信を享受し、それによって、永遠の中で自分が何者であるのかを知ることができたのでした。

私たちは、一人ひとりが同じように、とはいってもそれぞれに固有の宿命を見据えながらのことですが、自分に関する根源的な真実を発見しなければなりません。神に根ざしているならば、幻影や浅薄さから救い出してくれるあの愛に開いていなければなりません。聖霊の宮として、一人ひとりに備わるあの無限の神聖さの中から生きなければなりません。宇宙を創造したのとまったく同じ霊が自分の心の中に住んでおりすべての人に対する愛であることに気づくこと、それが日常生活の目的なのです。

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覚えておきなさい。腰をおろし、背筋をピンと伸ばして身動きせずに座りなさい。眼を軽く閉じ、体をリラックさせて、しかし心はとぎすませて座りなさい。声を出さずに、心の中で、一つの単語を唱え始めなさい。私達は「マラナタ」という祈りの言葉を薦めます。同じ長さの4音節としてそれを繰り返しなさい。自分の唱えるその言葉に耳を傾けなさい。マラナタは、そっと絶え間なしに唱え続けなさい。何も考えたり、想像したりしてはいけません。霊的なことであろうと俗的なことであろうとです。色々な考えやイメージが浮かんできますが、それらは過ぎるに任せなさい。最初から最後まで、ただ自分の注意を謙虚に飾り気なしに、自分の選んだ言葉を信仰のうちに唱えることへ戻しつづけなさい。
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瞑想の後で
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An excerpt from Beatrice Bruteau, “Heart of Jesus, Root of Reality,” RADICAL OPTIMISM: Rooting Ourselves in Reality (New York: Crossroad, 1993), p. 102.

外側から存在の諸層を貫き心の中に戻る道がありました。そこでは知るものと知られるものとは一つです。私たちが真理です。今、イエスとともに、私たちが命であると気づきます。自分の源を突き止めれば、私たちは自分のうちの命なのです。(ヨハネ5:26)。。。アビシクタナンダ(Abhishiktananda)の言葉で言えば、「存在以外何も残らない。。。存在、純粋な光、分かたれることのない無限の光、光そのもの、存在の栄光、あらゆる喜びの豊かな完全さ。。。在る喜び、あらゆるもののうちにあるすべてなる神」
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