Home

前週の栞

日本語監修センター
075-862-7114

定例瞑想会
日曜日
午後7時-8時
京都市左京区
北白川カトリック教会

The International Centre
The World Community
for Christian Meditation
St. Mark's, Myddelton Square
London EC1R 1XX
England, UK
International Office:
+44 0207 278 2070
Email: mail@wccm.org

The World Community for Christian Meditation +
Weekly Internet Medit@tion Group
_/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/
Weekly Readings - 2006
101
_/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/
物理的には他の瞑想者たちと隔たっているとしても、聖霊の中で一つとされている。毎朝、毎晩、瞑想のために30分間時間を取りなさい。可能であれば、同じ時間、同じ静かな場所で瞑想しなさい。瞑想が自分の一日の自然な一部になるからです。時間は十分に取りなさい。マントラを忠実に唱えなさい。そして聖霊の中で私達すべてを一つにする沈黙のネットワークの中に入りなさい。
_/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/
John Main, “Two Words From the Past,” in THE HEART OF CREATION (New York: continuum, 1998), pp.42-44

初期の修道院の神父たちは祈りの人すべてが克服しなければならないハードルの一つにアケディア(怠惰)と彼らが呼んだものがあることにすぐに気づきました。アケディアはかなり複雑な心理学的な概念ですが、そこには退屈とか、情味に乏しいとか、満足することができないとか、ある種の絶望感というか、まるで進歩できないという感覚が含まれています。多分私たちはみなこういったエゴの兆候にはなじみがあると思います。実際アケディアの概念はきわめて現代的なものなのです。この社会に生きている人々は本当にすぐ退屈してしまいます。退屈は、私たちを例外なく落ち着かなくさせ、そして私たちの献身を首尾一貫性のないものにしてしまいます。昔の修道僧たちが時々気散じにアレキサンドリアにぶらりと出かけたのと同じように、私たちも、この俗世にあって、たいていは何かの気散じを捜し求めています。瞑想の道をたどり始めている人も、しばしば、しばらく休息するためにくびきから首を抜きたいという逆向きの衝動を覚えるものです。私たちはみな、気晴らしを求めます。それというのも、この行脚の旅は、本当に長い間何事も起こらないという試練で私たちをためすものであるため、日々その行脚に身をゆだねる単調さにうんざりしてしまうからです。

最近ある若者が私の所にやってきて尋ねました。「どうしたら毎日窓の外の同じものばかり見続けることに耐えられるのですか?そんなことしていて気がおかしくなりませんか?」でも、多分本当は、「毎日同じ窓の外を見つめているのに、どうしてこんなにもいろんなものが見えるんでしょうか?」と尋ねるべきだったのです。昔の神父たちは、退屈は欲から生まれてくることを、成就や名声を求める気持ち、環境や活動の変化、別な人間関係、新しいおもちゃ、ま何でもいいのですが、何か新しいものを求める気持ちから生まれてくることを知っていたのです。

純粋な祈りは欲を小さくします。祈りの静止の中で、存在するあらゆるものの源に近づくにつれてどんどん静止していくうちに、不思議の気持ちに満たされてしまうので欲の入り込む場所がなくなるのです。欲を超越するというよりも、そういう欲の入り込む場所がもうなくなってしまうのです。私たちのすべてが神の驚きに満たされていくのです。欲の中で散り散りになっていた集中が呼び戻され、神の中に吸収されていくのです。
_/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/
>>>>> 30
分間瞑想 <<<<<

覚えておきなさい。腰をおろし、背筋をピンと伸ばして身動きせずに座りなさい。眼を軽く閉じ、体をリラックさせて、しかし心はとぎすませて座りなさい。声を出さずに、心の中で、一つの単語を唱え始めなさい。私達は「マラナタ」という祈りの言葉を薦めます。同じ長さの4音節としてそれを繰り返しなさい。自分の唱えるその言葉に耳を傾けなさい。マラナタは、そっと絶え間なしに唱え続けなさい。何も考えたり、想像したりしてはいけません。霊的なことであろうと俗的なことであろうとです。色々な考えやイメージが浮かんできますが、それらは過ぎるに任せなさい。最初から最後まで、ただ自分の注意を謙虚に飾り気なしに、自分の選んだ言葉を信仰のうちに唱えることへ戻しつづけなさい。
_/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/
瞑想の後で
_/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/
The Shvetashvatara Upanishad (verses 3,8, 10 and 12), tr. E. Easwaran, THE UPANISHADS (Tomales, CA: Nilgiri Press, 1987), pp. 217-218.

瞑想の深みの中で、賢人たちは
自分の中に愛の主を見た、
愛の主はあらゆる被造物の中に住んでいる
あらゆるものの心の奥深くに主は住んでいる。。。。
_/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/
この栞はあなたの個人的な使用のため、そして瞑想会で利用するために用意されています。皆さんご承知のように、WCCMの活動は、皆さんからの寄付で支えられています。センターへ寄付金を送っていただければ大いに感謝いたします。センターの住所は、
  The International Centre; The World Community for Christian Meditation
  St. Mark's,
  Myddleton Square; London EC1R 1XX; England, UK
  Tel: 020 7278 2070; Fax: 020 7713 6346

アメリカ合衆国ならば、
 the John Main Institute
 C/O Bob Lankford (JMI会計係),
 2490 18th, Kingsburg, CA 93631;
 JMIのアメリカ政府用税控除番号は 52-1735210 です。
 
Weekly Internet Medit@tion Group Leader:
Carla Cooper
WCCM Guiding Board & John Main Institute
Houston, Texas
+++++++++++++++++
これまでの瞑想の栞は
http://www.esuk.net/wccm/
+++++++++++++++++
日本語のWeekly Readings (瞑想の栞)翻訳・監修責任
WCCM
京都グループ 黒宮康明
E-mail
info@esuk.net