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日本語監修センター
075-862-7114
定例瞑想会
日曜日
午後7時-8時
京都市左京区
北白川カトリック教会
The International Centre The World Community for Christian Meditation
St. Mark's, Myddelton Square
London EC1R 1XX
England, UK International Office: +44 0207 278 2070
Email: mail@wccm.org
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The World Community for Christian
Meditation +
Weekly Internet Medit@tion Group
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Weekly Readings -- 2006年12月3日
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物理的には他の瞑想者たちと隔たっているとしても、聖霊の中で一つとされている。毎朝、毎晩、瞑想のために30分間時間を取りなさい。可能であれば、同じ時間、同じ静かな場所で瞑想しなさい。瞑想が自分の一日の自然な一部になるからです。時間は十分に取りなさい。マントラを忠実に唱えなさい。そして聖霊の中で私達すべてを一つにする沈黙のネットワークの中に入りなさい。
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John Main OSB, "The Oceans of
God," THE PRESENT CHRIST (New York: Crossroad, 1991), pp. 111-112.
瞑想をしていると、私たちの人生の根源的回心には、私たちのあらゆる部分が全的に関与しなければならないことを教えられる。もし、純粋に、浅瀬を離れ、神の神秘の中での生活を特徴づける深く、直接的な知識の中へと入れという召しに応えるもりであるならば、聖霊のこの働きの中に全身全霊を傾ける必要があることを教えられる。そうなると、私たちの生活の中のあらゆることが神の臨在する次元の深さに至る。そこに至る前に、「兆し」を求めるとすればそれはおろかなことだ。それは、イエスが叱った霊的物質主義の一種である。なぜなら、もし途上にあるとするなら、つまり、神秘の言葉でいう、神の臨在の明るい雲の中に入っているとするならば、あらゆるものが兆しであるからだ。あらゆるものが神の愛を瞑想しているのだ。 [. . .]
しかし、私たちの人生は、死をくぐりぬけることによって自らを、そしてあらゆる限界を超越するまでは、完全な統一を成し遂げることはない。これが、わたし達がキリストの神秘、すなわち、その中で神の神秘に立ち入り、そしてついに私たちの人生が完成するというキリストの神秘を完全には理解し得ない理由なのだ。私達の意識が、その神秘の中に入り始めるのは、愛することができ、そして愛されることができるようになることで、現実の法則を学び、生き生きとした知覚の中へと混じり込むようになった時である。しかしそうなっても、私たちは、必ずすべての人に訪れるその完全を常に学び続けているし、そして常にそれに備え続けている。イエスが死の門を通り抜け、そして復活の中でよみがえるまではこの完成は人類にとって恐慌と絶望の源であった。いまや、それが変えられているのだ。というのも、かつてはデッドエンド(行き止まり)と思われたものが、いまや信仰の眼には一つの橋として顕されているからだ。[。。。]
私たちの人生は、神の神秘を中心としている故に一つの統一である。しかしその統一を知るためには、私たちは自分自身を越えて、自分の利害が主な関心事である時に我々が普通みているよりも大きな視野にたって見る必要がある。私たちが自分の利害、そして自意識から目を転じ始めない限り、このより広い視野は開けては来ないのである、、、。瞑想が、この貴い知の形、、、ひとたびあの神秘の雲に入るや、そしてひとたび、もう分析や定義によってではなく、キリストの命と霊の中に入ることによって知を得るようになるや知恵となるこの知識を私たちに開いてくれるのだ。
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>>>>> 30分間瞑想
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覚えておきなさい。腰をおろし、背筋をピンと伸ばして身動きせずに座りなさい。眼を軽く閉じ、体をリラックさせて、しかし心はとぎすませて座りなさい。声を出さずに、心の中で、一つの単語を唱え始めなさい。私達は「マラナタ」という祈りの言葉を薦めます。同じ長さの4音節としてそれを繰り返しなさい。自分の唱えるその言葉に耳を傾けなさい。マラナタは、そっと絶え間なしに唱え続けなさい。何も考えたり、想像したりしてはいけません。霊的なことであろうと俗的なことであろうとです。色々な考えやイメージが浮かんできますが、それらは過ぎるに任せなさい。最初から最後まで、ただ自分の注意を謙虚に飾り気なしに、自分の選んだ言葉を信仰のうちに唱えることへ戻しつづけなさい。
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瞑想の後で
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Rumi (1207-1273), "Looking into the Creek," THE SOUL OF RUMI: A
NEWCOLLECTION OF ECSTATIC POEMS, tr. by Coleman Barks (New York:
HarperCollins, 2001), p. 38.
霊魂が感覚とともにあり、
理知が小川に似ているさま。欲望の川草が
密生すると、理知は流れることができない、
そして霊魂の生き物達は姿を隠している。しかし時々
理知の明晰が強く流れ、
詰まった所を押し開く。もう泣くのをやめ
そして挫折することもなく、あなたの存在は
以前の渇望と同じ、いやそれ以上の力を手に入れる。笑いながら、
そして、満足して、力強い流れは
霊魂の生き物達を出現させる。あなたは見
おろす、するとそれは明晰夢。
光の門がギーっと開く。
あなたは中をのぞく。
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