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日本語監修センター
075-862-7114

定例瞑想会
日曜日
午後7時-8時
京都市左京区
北白川カトリック教会

The International Centre
The World Community
for Christian Meditation
St. Mark's, Myddelton Square
London EC1R 1XX
England, UK
International Office:
+44 0207 278 2070
Email: mail@wccm.org

The World Community for Christian Meditation +
Weekly Internet Medit@tion Group
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Weekly Readings - 2007
225
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物理的には他の瞑想者たちと隔たっているとしても、聖霊の中で一つとされている。毎朝、毎晩、瞑想のために30分間時間を取りなさい。可能であれば、同じ時間、同じ静かな場所で瞑想しなさい。瞑想が自分の一日の自然な一部になるからです。時間は十分に取りなさい。マントラを忠実に唱えなさい。そして聖霊の中で私達すべてを一つにする沈黙のネットワークの中に入りなさい。
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John Main OSB, "Purity of Heart
(心の純粋)," WORD MADE FLESH(肉とされた言葉) (London: Darton, Longman & Todd, 1993), pp. 58-59.

自由とは、自分がしたいことをする自由である、そう思いがちです。しかし瞑想の中でイエスの力に触れようと試み始めると、本質的に、自由とは何かをする力ではなく、本当の自分、すなわち、贖われた者、キリストの愛する者として在る自由なのだと教えられます。

本当の自分になるためには、人間関係の中にいなければなりません。孤絶状態の中では本来の自分たり得ない、とは、しばしば痛みをもって気づかされることです。人生の中でもっとも根本的な人間関係は、神とのかかわりです。そして瞑想はそのかかわりに対する献身なのです。祈りは、あらゆる関係がその源を持つところのこのかかわりに向ける、自我を離れた集中と言い表すことができるでしょう。だから瞑想の中では自分のことは考えないのです。神に注意を集中するのです。しかし、神について考えてしまうと、結局自分という観点から神のことを考えることになってしまいます。

イエスは「神お一人が善である」教えます。つまり神は、人間の抱く善に関する考えなどまったく超越した善そのものです。祈りのすばらしいのは、無我の集中の中で、神の善そのもの中に入り、自分自身が善となるところです。それもプラトン的に懸命に試みた結果というのではなく単純に、神の善の光の輪の中に入り込んでしまうが故になのです。これがあらゆる道徳性の根底なのです。すなわち神を模倣しようとするのではなく、自分自身が神の善に入り込むのです。

昔の神父たちはこれを「心の純潔 」と呼びました。それは私達の心があらゆる欲求から洗い清められた時に、神に近寄りたいという欲求すら消え去った時に享受されるものです。神を自分のものにしてしまいたいとか、いや知恵や幸福感を自分のものにしてしまおうなどとすら望んではいけません。欲求それ自体がこういうものを何一つとして享受できなくするのです。単純に、音のない静止状態の中で、本来の自分として在る、そして神の中に在るが故に善であることに満足すべきなのです。
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分間瞑想 <<<<<
覚えておきなさい。腰をおろし、背筋をピンと伸ばして身動きせずに座りなさい。眼を軽く閉じ、体をリラックさせて、しかし心はとぎすませて座りなさい。声を出さずに、心の中で、一つの単語を唱え始めなさい。私達は「マラナタ」という祈りの言葉を薦めます。同じ長さの4音節としてそれを繰り返しなさい。自分の唱えるその言葉に耳を傾けなさい。マラナタは、そっと絶え間なしに唱え続けなさい。何も考えたり、想像したりしてはいけません。霊的なことであろうと俗的なことであろうとです。色々な考えやイメージが浮かんできますが、それらは過ぎるに任せなさい。最初から最後まで、ただ自分の注意を謙虚に飾り気なしに、自分の選んだ言葉を信仰のうちに唱えることへ戻しつづけなさい。
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瞑想の後で
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Thomas Merton, THE HIDDEN GROUND OF LOVE: Letters on Religious Experience and Social Concern, ed. by Wm. Shannon (New York: Farrar, Straus, 1985, pp. 157, 159).

愛は人間の貧しさの中における神の顕現です。とすれば黙想的な生活は平和の探求です。それも抽象的に外的な現実を排除してのそれではなく、また世界に対して感覚を閉ざしてしまうという不毛な否定の上にたってのそれでもなく、かえって愛の開放の中でのそれです。それは自分自身をこの貧しさの中で、そして絶望の淵にたつところから始まります。そうする中で神のおられるところには絶望はないということが、、、なにものも神の私に対する愛を変えることはできないということに気づくのです。また、どうしてそんなことがあり得るのかとか、それが提起するように見える問題点を説明する必要もありません。というのも私たちの心の中に、そして私たちの存在の根底それ自体に本来備わる確かさがある、私たちが存在している限り、神が私たちの中に入り込んでいるという確かさがあるからです。
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