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定例瞑想会
土曜日
午後7時-8時
京都市左京区
北白川カトリック教会
The International Centre The World Community for Christian Meditation
St. Mark's, Myddelton Square
London EC1R 1XX
England, UK International Office: +44 0207 278 2070
Email: mail@wccm.org
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The World Community for Christian
Meditation +
Weekly Internet Medit@tion Group
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Weekly Readings - 2007年3月4日
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物理的には他の瞑想者たちと隔たっているとしても、聖霊の中で一つとされている。毎朝、毎晩、瞑想のために30分間時間を取りなさい。可能であれば、同じ時間、同じ静かな場所で瞑想しなさい。瞑想が自分の一日の自然な一部になるからです。時間は十分に取りなさい。マントラを忠実に唱えなさい。そして聖霊の中で私達すべてを一つにする沈黙のネットワークの中に入りなさい。
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Laurence Freeman “Meditation,” JESUS THE TEACHER WITHIN (New York: Continuum,
2000), pp. 212-213
山上の垂訓の中で、イエスはものへのこだわりが私たちの不安の一番の原因であることを指摘されました。どうすれば私たちはもっとくつろぎ、個人的な苦しみを減じることができるのでしょうか。私たちは、このことに心を奪われ、今という時間を見失い、本当に大事なものが見えなくなっています。
だから命じる。生きるために何を身にまとい、何を食べ、何を飲むかなどと思い悩むな。命は食べ物より大切であり、肉体は衣服より大切ではないか。マタイ6:25 思い悩むなと命じられる時、イエスは日々のもろもろの問題という現実を否定しているのではありません。不安を捨てなさいと言っておられるのであって、現実を捨てよと言っておられるのではないのです。思い悩まないようになるというのは大変むつかしいことです。。。[しかし]「集中力の欠如」した現代人の意識であっても静止し、もろもろのこだわりを超えていく生来の能力が備わっています。深層にいたれば、それ本来の明晰さを発見し平安のうちに一切の不安から自由になるのです。ほとんどの人が5つ〜6つのお気に入りの不安を抱えています。まるでほろ苦いチョコレートのようになめ始めると止まりません。それを取り上げられてしまうとおびえてしまうことでしょう。イエスは不安を手放すことの恐怖を乗り越えよと迫っておられるのです。それは平安それ自体に対して抱いている恐怖心なのです。瞑想するというのはイエスの教えを祈りに当てはめるということなのです。経験によって本当に心配から解放された心を選び取ることができることを証明していくのです。
とはいっても、すぐに頭を真っ白にし思うがままにあらゆる想念を追い払うことができるわけはありません。瞑想の中でも雑念に気をそらされ続けるのですが、それでいて雑念から自由になることができるのです。というのも、確かに最初は本当に少しではありますが、自分の意識をどこにおくかを選ぶことができるからです。次第に毎日の実践の鍛錬によってこの自由が強められていきます。短時間のうちにそうなるんだと考えるとすれば子供じみています。ずっと長い間雑念に悩まされます。雑念は旅の道連れのようなものでじきに慣れます。しかし我が物顔の振る舞いを許す必要はありません。マントラを忠実に唱え、雑念が入り込んでくる度にまたマントラに立ち戻り続けることを選ぶことで「意識を集中する」自由を鍛えていくのです。
ここでの選択というのはスーパーの棚から特定の銘柄を選ぶという意味ではありません。献身を選択するということです。マントラの道は信仰の道であって、エゴの権力の道ではありません。すべての信仰の行いの中には愛の宣言があります。信仰によってマントラの種子が愛の中で芽生えていくように大地を整えていくのです。自分の力だけでは命と成長の奇跡を創出することはできませんが、奇跡が花開くようにすることには責任があるのです。頭と心の平和に到達するためには、つまり沈黙と静止そして単純へといたるためには、「勝ち組」の意志ではなく、たゆまぬ意識の集中、つまり弟子としての師の愛に支えられた忠誠が必要とされているのです。
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>>>>> 30分間瞑想 <<<<<
覚えておきなさい。腰をおろし、背筋をピンと伸ばして身動きせずに座りなさい。眼を軽く閉じ、体をリラックさせて、しかし心はとぎすませて座りなさい。声を出さずに、心の中で、一つの単語を唱え始めなさい。私達は「マラナタ」という祈りの言葉を薦めます。同じ長さの4音節としてそれを繰り返しなさい。自分の唱えるその言葉に耳を傾けなさい。マラナタは、そっと絶え間なしに唱え続けなさい。何も考えたり、想像したりしてはいけません。霊的なことであろうと俗的なことであろうとです。色々な考えやイメージが浮かんできますが、それらは過ぎるに任せなさい。最初から最後まで、ただ自分の注意を謙虚に飾り気なしに、自分の選んだ言葉を信仰のうちに唱えることへ戻しつづけなさい。
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瞑想の後で
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Eckhart Tolle, A NEW EARTH (New York: Penguin (Plume), 2006), pp. 201-2, 210.
今という時間を友達に変えるという決心がエゴの終焉です。エゴは、まさにその本性からして、今という時間を無視するか、抵抗するか、価値を貶めようとするものであって、、、今という時間と完全に一つになることはできないのですから。エゴは時間を糧として生きているのです。エゴが強ければ強いほど、時間があなたの生活を奪っていきます。そうなると、あなたの考えは、ほとんどが過去か未来にかかわり、あなたの自分という意識は、自分が何者であるかは過去に依存し、それを成就するためには未来に依存するようになります。恐怖、不安、期待、後悔、罪悪感、怒り、こういうものはすべて、時間に縛り付けられた意識の機能不全なのです[。。。]。
あなたが今に生きるようになると、あなたの意識が十分に完全に今という時間の中に入ると、その存在があなたの行いに流れ込み、変質させていきます。そこには高い質と力が備わるようになります。自分がしていることが、ある目的(お金とか、特権とか勝ち負け)のための手段ではなくなり、それ自体が充実したものとなると、自分がなすことの中に喜びと生きている実感が出るようになると、あなたがそこに現れるようになります。そして、いうまでもないことですが、今という時間と友達にならない限り、あなたは今という時間に存在することはできません。それが、否定に汚染されない効果的な活動の基盤なのです。
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