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定例瞑想会
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午後7時-8時
京都市左京区
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Weekly Readings - 2007年3月25日
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物理的には他の瞑想者たちと隔たっているとしても、聖霊の中で一つとされている。毎朝、毎晩、瞑想のために30分間時間を取りなさい。可能であれば、同じ時間、同じ静かな場所で瞑想しなさい。瞑想が自分の一日の自然な一部になるからです。時間は十分に取りなさい。マントラを忠実に唱えなさい。そして聖霊の中で私達すべてを一つにする沈黙のネットワークの中に入りなさい。
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John Main OSB, "All You Have to Do is Begin(始めさへすればよいのです)," WORD MADE FLESH (受肉した言葉)(London:
Darton, Longman, 1993), pp. 52-54.
瞑想の中では、バックグラウンドに氾濫する音の世界から沈黙の世界へと入っていきます。これはとても重要なことです。なぜなら人間の魂が活力を得て、創造力あふれるようになるためには、沈黙が不可欠だからです。沈黙は、生命への、環境や友人達への創造的応答を解き放ってくれます、というのも沈黙は私達の魂が呼吸する空間、つまり在処(ありか)を与えてくれるからです。沈黙の中では、自分を正当化することも、誰かに詫びたり、あるいは感銘を与えたりすることも必要がありません。ただ 在れ (ばよいのです)。
それはとても素晴らしい自由の体験です。沈黙の中では何か役割を果たしているわけではありません、何か期待に応えようとしているわけではありません。自分の存在を実在のものとし、 現実に対し自分を開いた状態でただそこに在るだけです。すると、キリスト者の洞察の中で、私達が存在している現実とは愛であるという発見にいたり圧倒されます。[そして]沈黙の中で知るのです、私達の魂は愛の中へと広がりつつあると。
沈黙の仕方を覚えることが、行脚を始めることです。始めさえすればよいのです。沈黙の最初の歩みを始めることが、あなたの生命の旅路を、命の中へ入る旅路を始めることです。2つのことを学んでいるのです。まず、じっと身動きせず座ることです。それも、こわくて動けないからとか、自分に一つの重荷を担わせているからとかではなく、その静止の中で、肉体と精神そして魂が一つとされることを求めるからです。第二に、静止の中で生じてくる、どんどんと深まる沈黙への応答として自分のマントラを唱えることです。
マントラを唱え始めると、自分が沈黙の入り口にいることに気づきます。これがほとんどの人にとっては、決定的瞬間となります。様々な音、考え、思い、言葉、妄想といったこれまでなじんできた世界を離れることになるからです。その沈黙の中へと足を踏み入れようとする時、一体その先に何があるのかはわかりません。だからこそ瞑想の仕方を一つの伝統の中で学ぶことが、さらにその伝統を受け継ぎ、伝え、具現化しているグループの中で学ぶことがとても大事になるのです。それは私達にとっては、「恐れるな」と告げる伝統です。イエスがその伝統の心です。瞑想の目的を、愛の臨在の中に入ること、即ちすべての恐れをとり去ってくれるあの愛の臨在の中に入ることであるという伝統の、イエスは心なのです。
私達の最も内奥に内住しておられる神の永遠の沈黙、純粋なる創造の沈黙について語るとすれば、私達の言葉のすべての単語を使ったって足りません。その沈黙がいかに重要であるかを語ることも出来ます。なんといってもその沈黙の中で、生まれて始めて、明瞭に、そして間違いようもなく自分の名前が話されるのを耳にするのですから。自分が何者であるのかを知るようになるのです。しかし、いくら言葉を尽くして語ろうと、結局言葉によっては、体験そのものを伝えることは出来ません。神の創造的なる臨在の中でのまったく無我の自由の体験は伝えることは出来ません。
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覚えておきなさい。腰をおろし、背筋をピンと伸ばして身動きせずに座りなさい。眼を軽く閉じ、体をリラックさせて、しかし心はとぎすませて座りなさい。声を出さずに、心の中で、一つの単語を唱え始めなさい。私達は「マラナタ」という祈りの言葉を薦めます。同じ長さの4音節としてそれを繰り返しなさい。自分の唱えるその言葉に耳を傾けなさい。マラナタは、そっと絶え間なしに唱え続けなさい。何も考えたり、想像したりしてはいけません。霊的なことであろうと俗的なことであろうとです。色々な考えやイメージが浮かんできますが、それらは過ぎるに任せなさい。最初から最後まで、ただ自分の注意を謙虚に飾り気なしに、自分の選んだ言葉を信仰のうちに唱えることへ戻しつづけなさい。
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瞑想の後で
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Mark Strand, “My Name,” The New
Yorker, April 11, 2005
私の名前
ある夜、月に照らされ、芝は金色の緑に輝き
木々は新しい大理石の記念碑ようにそびえていた
香しい空気の中で田舎中がチリチリ、ミュルミュルとなく
昆虫の声で脈打っていた、私はその芝に横になり
上空に広がる大きな空間を感じながら考えた
私は何になるのか―どこに行くのだろうか―
私はかろうじて存在しているだけなのに、一瞬感じた
この星にうめられた広大な空は私のものだ、そしてまるで
初めて聞くみたいに自分の名前が聞こえてきた、まるで
風か雨の音が聞こえるようだった、でもそれは微かで遠く離れていて
私の名前というよりも、そこから生まれ、そこへと戻っていく
静寂の名前のようだった。
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この栞はあなたの個人的な使用のためだけに提供されています。(引用される文書は色々な理由で繰り返されることがあります。)将来利用するためにハードディスクに保存してもいいですし、別な機会に読んだり、他の人と共有するためにプリントするのもよいでしょう。
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