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前週の栞

日本語監修センター
075-862-7114

定例瞑想会
日曜日
午後7時-8時
京都市左京区
北白川カトリック教会

The International Centre
The World Community
for Christian Meditation
St. Mark's, Myddelton Square
London EC1R 1XX
England, UK
International Office:
+44 0207 278 2070
Email: mail@wccm.org

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Weekly Internet Medit@tion Group
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物理的には他の瞑想者たちと隔たっているとしても、聖霊の中で一つとされている。毎朝、毎晩、瞑想のために30分間時間を取りなさい。可能であれば、同じ時間、同じ静かな場所で瞑想しなさい。瞑想が自分の一日の自然な一部になるからです。時間は十分に取りなさい。マントラを忠実に唱えなさい。そして聖霊の中で私達すべてを一つにする沈黙のネットワークの中に入りなさい。
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An excerpt from John Main OSB, “Letting Go,”
JOHN MAIN: ESSENTIAL WRITINGS, Modern Spiritual Masters Series (Maryknoll, NY: Orbis, 2002), p. 127.

西洋人にとってもっとも理解しがたい点の一つに、瞑想は、何かを引き起こそうとすることではないということがあります。私たちは皆、テクニックそして生産という考え方に本当にしばりつけられていますから、どうしてもまず、何かを引き起こそう、何かが現れるようにしようとしているのだと思ってしまいます。それぞれの想像力というか性向によって、何が起こるかについては色々な考え方をします。何か啓示的な幻や声、あるいは閃光を予期する人もいます。また深い洞察や理解を予期する人もいます。また、それぞれの日常生活、問題をよりよく統御することができるようになると思う人もいます。でも、まず最初に理解しなければならないのは、瞑想は、何かを引き起こすということとはまったく関係がないということです。瞑想の基本的な目的は、実際、まったく反対のところにあります。存在しているものを十分に完全に意識できるようになるというに過ぎません。瞑想の大いなる挑戦とは、私たちを支えてくれている現実から直接学ぶことができるようになるということなのです。

そうなるための最初の一歩が、そして私たちはそれを踏み出すように招かれているのですが、自分自身の精神と出会うことなのです。ひょっとしたら、あらゆるものの中でもっとも大きな悲劇とは、自分自身の精神と出会うことなしに人生の終焉を迎えることであるかもしれません。ここで言う出会いとは、自分の存在の調和、そして自分の中にある成長の可能性、自分の十全性、つまり新約聖書とイエスご自身が「命の十全なる完全さ」と呼んだものすべてを発見するということを意味しています。

でも、実際自分の全可能性の5%でしか人生を生きていないということがなんと多いことでしょうか。とはいっても、もちろん、私たちの可能性をはかることなどできません。キリスト教の伝統の中ではそれは無限です。私たちは、自分というものから他へと向かいさえすれば、私たちの精神は無限に拡大するものなのです。それは、全的転向、新約聖書が回心と呼ぶものです。私たちは、限界の足かせをはずすように、私たちに手かせ足かせをかけているエゴの囚われ人であることから解放されるよう招かれているのです。回心とは、自分から離れ無限なる神に向き直った時に現れる、この解放そして拡大そのものなのです。それはまた、神を愛することができるようになるということであり、神へと向き直る中で互いに愛し合うことができるようになるということなのです。愛するということの中で、私たちは計り知れぬほど豊かにされます。神の無限の富から生きることができるようになるのです。 (WMF, 19-20)
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覚えておきなさい。腰をおろし、背筋をピンと伸ばして身動きせずに座りなさい。眼を軽く閉じ、体をリラックさせて、しかし心はとぎすませて座りなさい。声を出さずに、心の中で、一つの単語を唱え始めなさい。私達は「マラナタ」という祈りの言葉を薦めます。同じ長さの4音節としてそれを繰り返しなさい。自分の唱えるその言葉に耳を傾けなさい。マラナタは、そっと絶え間なしに唱え続けなさい。何も考えたり、想像したりしてはいけません。霊的なことであろうと俗的なことであろうとです。色々な考えやイメージが浮かんできますが、それらは過ぎるに任せなさい。最初から最後まで、ただ自分の注意を謙虚に飾り気なしに、自分の選んだ言葉を信仰のうちに唱えることへ戻しつづけなさい。
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瞑想の後で
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“Finding a Teacher,” W. S. Merwin,
MIGRATION: NEW AND SELECTED POEMS (Port Townsend, WA: Copper Canyon Press, 2005), pp. 206-207

先生を見つけること

森の中である古い友がつりをしているところにやってきた
彼に一つ質問をした
すると彼はいった 待て
魚たちは深い流れから上に上がってくるところだ
しかし彼の釣り糸に当たりはこない
でも私は待った
それは太陽についての質問だった

私の2つの目についての
私の目、私の口
私の心 四季をもつ大地
私の足 私の立っているところ
私が向かおうとしていたところ

それが私の両手から滑り落ちてしまった
まるで水のように
川の中へと
木々の下を流れていき
遠く離れた船体のしたへと沈んでいき
私をおいて消えてしまった
そして私が立っていたところに夜の帳がおりた

もはや何を尋ねるべきかわからなくなったが
彼の釣り糸には釣り針がついていないことがわかった
私は理解した その場にとどまり彼と一緒に食事をする定めなのだと
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この栞はあなたの個人的な使用のため、そして瞑想会で利用するために用意されています。皆さんご承知のように、WCCMの活動は、皆さんからの寄付で支えられています。センターへ寄付金を送っていただければ大いに感謝いたします。センターの住所は、
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