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前週の栞

日本語監修センター
075-862-7114

定例瞑想会
日曜日
午後7時-8時
京都市左京区
北白川カトリック教会

The International Centre
The World Community
for Christian Meditation
St. Mark's, Myddelton Square
London EC1R 1XX
England, UK
International Office:
+44 0207 278 2070
Email: mail@wccm.org

The World Community for Christian Meditation +
Weekly Internet Medit@tion Group
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Weekly Readings - 2007
923
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物理的には他の瞑想者たちと隔たっているとしても、聖霊の中で一つとされている。毎朝、毎晩、瞑想のために30分間時間を取りなさい。可能であれば、同じ時間、同じ静かな場所で瞑想しなさい。瞑想が自分の一日の自然な一部になるからです。時間は十分に取りなさい。マントラを忠実に唱えなさい。そして聖霊の中で私達すべてを一つにする沈黙のネットワークの中に入りなさい。
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From John Main OSB, “The Wholeness of God,”
MOMENT OF CHRIST (New York: Continuum, 1998), p.83-85.

神の愛は力強い流れとなって私たちの心を流れています。しかし、福音書の中のマルタのように、私たちはみな、あれやこれやのことで、忙しくしすぎるのです。だからただ一つのことだけが必要なのだと学ばなければなりません。そしてそれは絶対に必要なことなのです。だって、唯一つのものだけが存在しているのですから。だからみな自分の修練の足りなさに意識を向けなければなりません。落ち着きなくあちらこちらをさまよう意識を静止させなければなりません。神の賜物がなければ、雑念を超えて叡智と静止に至ることはできないのです。それは、謙虚さに関して私たちが最初に教えられることの一つです。神の祈りは、私たちへの贈り物なのです。私たちは自分を捨てさえすればよいのです。それをするには、神の無限に対して沈黙すればよいのです。自分を捨て、ただ満ち足りて忠実にマントラを唱えれば、沈黙を手に入れることができるのです。

神の神秘は、美しい多面体に磨き上げられたダイアのようなものです。私たちが神について語ったり考えたりしている時は、実は、その多面体の一つの面だけに応答しているようなものなのです。しかし、沈黙している時、つまり神の臨在の中に入っている時は、いわゆる「全なる」神の神秘に応答しているのです。その時の驚きは、私たちの全体が、その神秘の全体に応答しているということです。頭だけではありません、感情だけでもありません、自分の中の信心深い部分だけでも、また「世俗」な部分だけでもないのです。沈黙について考えたり、語ったりするだけでは十分ではありません − 両腕の中にしっかりと受け止めなければならないのです。[・・・]

みなよく尋ねます。「祈りの経験ってどんなものなんですか?」みなが知りたいのは、「どんなことが起こるのですか?どんな状態になるのですか?」ということでしょう。その答えは、沈黙のようなもの、ということでしょう。そして何が起こるのでしょうか?沈黙の中で − 平和。沈黙の中で − 臨在。そしてさらに深い沈黙。その沈黙に入り込むためには、大きな忍耐が、絶対の忠誠が必要です。そして、私たちの瞑想の伝統においては、自分のマントラを唱えることができるようになることが必要です。ジョン・キャシアンが言っているように、マントラには、人間の頭が表現できることすべてが、そして人間の心が感じ取ることができるすべてが含まれています。このたった一つの小さな言葉が、ものを創出するエネルギーの沈黙であるところの沈黙を伝え、そしてその沈黙の中へと導きいれてくれるのです。そこへ行くのにどれだけの時間がかかるのか、などということは私たちの関心事ではありません。「主にとっては、1000年の時も一日のようなものだ。」大事な事は唯一つ、私たちがそこに向かって進んでいるということだけです。

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分間瞑想 <<<<<
覚えておきなさい。腰をおろし、背筋をピンと伸ばして身動きせずに座りなさい。眼を軽く閉じ、体をリラックさせて、しかし心はとぎすませて座りなさい。声を出さずに、心の中で、一つの単語を唱え始めなさい。私達は「マラナタ」という祈りの言葉を薦めます。同じ長さの4音節としてそれを繰り返しなさい。自分の唱えるその言葉に耳を傾けなさい。マラナタは、そっと絶え間なしに唱え続けなさい。何も考えたり、想像したりしてはいけません。霊的なことであろうと俗的なことであろうとです。色々な考えやイメージが浮かんできますが、それらは過ぎるに任せなさい。最初から最後まで、ただ自分の注意を謙虚に飾り気なしに、自分の選んだ言葉を信仰のうちに唱えることへ戻しつづけなさい。
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瞑想の後で
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from
THE CLOUD OF UNKNOWING (London: Penguin, 1878), pp. 198-199.

だから、時がきたら頭を使うのをやめ、自分なりの霊的体験の中で神の愛の何がしかを味わえるようになるとよい。。。そうすれば、自分の自我が、自分にできる最も貴い捧げものとして、自分自身を神に差し出していることを直截的に感じ取りながら、絶えることなくくつろぐことだろう。だが、欺かれることのないように、それが直截の経験であることを必ず確かめよ。。。我々の意志や理性というものは、知識に対して本来的喜びをみいだすものだから、しばらくの間はそれらを脇においておかなければならない。。。絶対的に確実なことは、恵みによらなければ、神を霊的に経験することなどできないということだ。だから是非知識ではなく体験を求めてほしい。知識にすがる限り、プライドの故に迷いの道にはいりこんでしまうものなのだ。謙虚な、愛の体験は欺くことはない。
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