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定例瞑想会
土曜日
午後7時-8時
京都市左京区
北白川カトリック教会
The International Centre The World Community for Christian Meditation
St. Mark's, Myddelton Square
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England, UK International Office: +44 0207 278 2070
Email: mail@wccm.org
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The World Community for Christian
Meditation +
Weekly Internet Medit@tion Group
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Weekly Readings - 2007年12月23日
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物理的には他の瞑想者たちと隔たっているとしても、聖霊の中で一つとされている。毎朝、毎晩、瞑想のために30分間時間を取りなさい。可能であれば、同じ時間、同じ静かな場所で瞑想しなさい。瞑想が自分の一日の自然な一部になるからです。時間は十分に取りなさい。マントラを忠実に唱えなさい。そして聖霊の中で私達すべてを一つにする沈黙のネットワークの中に入りなさい。
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An excerpt from “Dearest Friends,” A Letter from Laurence Freeman OSB in Christian Meditation: Newsletter of the
World Community for Christian Meditation, Vol. 31, no. 3, October 2007, pp.5,
6.
ジョン・メインはコミュニティを、そこでそのメンバーが互いと向かい合い、相手を愛の光の中へと引き寄せる家庭であると見なしていました。もちろんこの他者中心性が決して簡単なものではないことを彼は知っていました。規則的に瞑想を実践し、その中で、自分の中に存在する他者に、他者であると同時に私たち自身の存在基盤である、真実の自分の中にいます神と向かい合い続けることが必要です。これを実践するということは、まじりっけなしに意識を集中させることです。天才ならばこその単純さと自信をもって、彼はそれをマントラに対する集中であると言いました。しかし、それは単なるテクニックなどではありません。絶対的に必要な忠実さをもってなされるならば、それは無条件で絶対的な愛となるから、自分の我を、自分自身と言う授かりものを、他者に対して明け渡すことになるからです。〔。。。〕
そこにいたってはじめて瞑想が可能になる、自分自身の、そして祈りの更なる深層へと引き寄せる強力な力は内からわきあがってこなければなりません。最初は、「瞑想したら私はどんな風になるんだろう」という思いの形をとります。どうしても精神的充足を求めてしまうのです。しかし、やがてその思いは、「瞑想をしたらどんな風に他人のためになることができるようになるんだろう」というものにかわっていきます。エロスが友情へと進化するのです。敵を愛する心は、私たちの目の中で、仇を友人に変えていくものですが、自分に、対等に善意と信頼を分かち合うことができる友人、つまり単純に一緒にいたいと思う友人がいなければ、なかなかに自分のものとすることが難しいものです。瞑想のグループの中では、ある種の霊的友情が芽生えてきます。。。[そして]その人たちと瞑想を続けていくと、その人たちが好きになったというのではなく、その人たちと一緒にいると自分が愛の中にいるのだということに気づくようになります。友達同士だから一緒に瞑想しているわけではないのです。一緒に瞑想しているうちに友達になったのです。。。長い間相手の姿を眼にしないこともあります。先生もそうですが、友達も時間という靄の中に姿が見えなくなります。しかし、知識は、目に見えるものばかりではないということを皆さんはすでに知っています。かの偉大な神学者、バーナード・ロナガンが言ったように、一つの「内在化」がすでに起こっており、皆さんは愛に入る新しい局面に立ち至っているのです。
エロスは、美しいものですが、人を引き寄せ、絆を結ばせるものです。友情は分離を教え、損失の経験へと私たちを備えさせてくれます。それがなければ、私たちの発見は無意味な所有物になってしまい、陳腐な人間関係しか残らなくなるでしょう。この霊的な友情のレベルを発見すると、出会う人すべての中に自分自身がいることに気づき、またその相手の人もあなたと向かいあおうとしていることに気づくようになります。友情が、よそ者たちから自分を守ってくれる少人数の仲間内での安心感から脱皮し、すべてのよそ者が隣人であり、すべての隣人が兄弟姉妹であることが理解できるところまで拡大し始めます。そうなるとアガペーが心にあふれ出てきます。キリスト者の根源的経験は、「神の与えたもうた聖霊によって内奥の心を神の愛があふれんばかりに満たす」ことを経験することで、現実をとらえる意識がすっかりと変えられ、まったく空ろであったものが完全な充足に変わるところにあります。
愛のコミュニティというものは、大きくなったからといって、あるいは小さくなったからといって消滅することはありません。すでに親しくなった人たちばかりを大切にして、見知らぬ人に対する防壁を築いたり、入会規則を作ったり、あるいは新参者の資格をチェックしたりなどということはいたしません。いや、本来の出発点たる愛の経験をさらに深めようとする努力をやめるなどということはありえません。かえって、それは、やがて必ず愛の頂を極め、皆、愛には際限がないということを理解するのです。
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>>>>> 30分間瞑想 <<<<<
覚えておきなさい。腰をおろし、背筋をピンと伸ばして身動きせずに座りなさい。眼を軽く閉じ、体をリラックさせて、しかし心はとぎすませて座りなさい。声を出さずに、心の中で、一つの単語を唱え始めなさい。私達は「マラナタ」という祈りの言葉を薦めます。同じ長さの4音節としてそれを繰り返しなさい。自分の唱えるその言葉に耳を傾けなさい。マラナタは、そっと絶え間なしに唱え続けなさい。何も考えたり、想像したりしてはいけません。霊的なことであろうと俗的なことであろうとです。色々な考えやイメージが浮かんできますが、それらは過ぎるに任せなさい。最初から最後まで、ただ自分の注意を謙虚に飾り気なしに、自分の選んだ言葉を信仰のうちに唱えることへ戻しつづけなさい。
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瞑想の後で
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from UNSEEN RAIN : Quatrains of Rumi, by John Moyne and Coleman Barks (Putney,
VT:1986) p. 11.
月が時々太陽にするように、
夜明けまで起きている夜があってもよい。
井戸の暗がりから、光の中へと引き上げられた
水の一杯入った桶となれ。
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