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定例瞑想会
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午後7時-8時
京都市左京区
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Weekly Readings - 2008年1月27日
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物理的には他の瞑想者たちと隔たっているとしても、聖霊の中で一つとされている。毎朝、毎晩、瞑想のために30分間時間を取りなさい。可能であれば、同じ時間、同じ静かな場所で瞑想しなさい。瞑想が自分の一日の自然な一部になるからです。時間は十分に取りなさい。マントラを忠実に唱えなさい。そして聖霊の中で私達すべてを一つにする沈黙のネットワークの中に入りなさい。
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Laurence Freeman OSB, “The Labyrinth,” JESUS THE TEACHER WITHIN (New
York: Continuum, 2000), pp. 231-32.
仮に存在の十全たる完全さの永遠(神の「私は在る」)をこの腕の中に抱きすくめんとするならば、まず最初に、一時的で空虚という赤裸々な現実と直面しなければなりません。そこには常に、その激しさを減じさせたい、より低次な意識の中に沈みこみたい、いや、眠りにすら落ちたいという誘惑があります。この段階で、いや実際いかなる段階であれ、心を酔わせるものや沈静させるもの、興奮剤や減衰剤は使うなと仏陀は警告しています。イエスは完全に目覚めていよと強く勧めています。
「油断するな。目覚めていよ。その時がいつ来るかはわからないのだから。。。。目覚めていよ、というのも家の主がいつやってくるかわからないからだ。晩方であれ、深夜であれ、鶏鳴のころであれ夜明け前であれ、仮に主が突然に現れたとしても、あなたは眠っていてはいけない。そして私は、あなたに告げていることをすべての者に告げる、目覚めていよ。」(マルコ13:33-37)
エフェソの人々への手紙の中で、パウロは、この目覚めの状態が「知恵とビジョンの霊的力」へ、そしてさらに「グノーシス」、すなわち霊的認識へと導くのだといっています。しかしもっとも強い信仰をもってしても、隔絶されているというあの悲しい感覚は、知恵が光を放ち始めた時でもすぐには消えることはありません。エゴの壁は乗り越えがたい壁、どこも逃げ込む場所のない袋小路のように感じられます。しかし、主の復活が思い出させてくれるように、終わりであるように思われるものも、実はそうではありません。周囲を濠に守られたエゴイズムに直面し、それがゆっくりと死んでいくのを確認することで、瞑想は、自分の経験の中で、自分の復活を確認させてくれるのです。
低次な自然法、すなわちカルマと、壁となるエゴの支配は、その壁に一つの穴がうがたれるまで続きます。最初は、一つのレンガが取り去られます、それもまるで目にはみえない手で取り除かれたみたいに、そしてそれまで思っても見なかった、まるで知ることすらあたわなかった彼方が垣間見えてきます。それは経験でありながら、それまでに経験したこともないかたちで分かってきます。かつて自分が思っていたような、ただの個別の人間ではなくなるのです。人生は後戻りできないかたちで変わってしまいます。確かに生きてはいるのですが、聖パウロが言うように、もはや生きてはいないのです。
私は在る、なぜなら私は存在しないからだ。
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>>>>> 30分間瞑想 <<<<<
覚えておきなさい。腰をおろし、背筋をピンと伸ばして身動きせずに座りなさい。眼を軽く閉じ、体をリラックさせて、しかし心はとぎすませて座りなさい。声を出さずに、心の中で、一つの単語を唱え始めなさい。私達は「マラナタ」という祈りの言葉を薦めます。同じ長さの4音節としてそれを繰り返しなさい。自分の唱えるその言葉に耳を傾けなさい。マラナタは、そっと絶え間なしに唱え続けなさい。何も考えたり、想像したりしてはいけません。霊的なことであろうと俗的なことであろうとです。色々な考えやイメージが浮かんできますが、それらは過ぎるに任せなさい。最初から最後まで、ただ自分の注意を謙虚に飾り気なしに、自分の選んだ言葉を信仰のうちに唱えることへ戻しつづけなさい。
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瞑想の後で
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THE BEST OF MEISTER
ECKHART, ed. Halcyon Backhouse (New York: Crossroad, 1996), p. 96.
「孤独な心の祈りとはどんなものですか?」この問いに対する私の答えはこうです。世俗を超越し、無となるとまったく祈ることはできません、なぜなら祈るものはすべて、神から何かを欲しているから、何かをたしてください、、、とか何かを取り去ってくださいと祈っています。しかし世俗を超越した心は何に対する欲求も持ってはいませんし、また何かから救い出されることも必要はではありません。それゆえ、そこには祈りはまったくありません。唯一つの祈りは神と一つであることなのです。
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