|
前週の栞
日本語監修センター
075-862-7114
定例瞑想会
日曜日
午後7時-8時
京都市左京区
北白川カトリック教会
The International Centre The World Community for Christian Meditation
St. Mark's, Myddelton Square
London EC1R 1XX
England, UK International Office: +44 0207 278 2070
Email: mail@wccm.org
|
Officially, I started translating the
weekly readings on 1 April, 2001. And today happens to be 1 April, 2008. May we
all persevere in His love.
2001年4月1日に公式に瞑想のしおりの翻訳を始めました。たまたまですが、今日は2008年4月1日。主の愛の中で続けることができますように。
The World Community for Christian Meditation +
Weekly Internet Medit@tion Group
_/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/
Weekly Readings−2008年3月30日
_/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/
物理的には他の瞑想者たちと隔たっているとしても、聖霊の中で一つとされている。毎朝、毎晩、瞑想のために30分間時間を取りなさい。可能であれば、同じ時間、同じ静かな場所で瞑想しなさい。瞑想が自分の一日の自然な一部になるからです。時間は十分に取りなさい。マントラを忠実に唱えなさい。そして聖霊の中で私達すべてを一つにする沈黙のネットワークの中に入りなさい。
_/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/
Fr Laurence Freeman神父著 Dearest
Friends, January 1997 WCCM International Newsletter.
日々の瞑想を想像の世界でではなく現実に他のすべての生活習慣と同じ次元にに組み込むことは私たちの中でもっとも優れた人にとっても一つのチャレンジです。いや、私たちの内にある最善なものにとってのチャレンジです。瞑想は犠牲に関する普遍的法則への現世における入り口なのです。
あるインドのお話によれば、ビシュヌ神は毎日シバ神の足下に1000個のハスを捧げ礼拝していました。数千年間そういう礼拝を続けた後のある日、ハスを下に置こうとしたビシュヌ神は、その日は999個しかないことに気づきました。(時にはそういうことも起こるものです。)ためらうことなくビシュヌ神は、美しく、ハスの形をしていた自分の目をくりぬき、999個の中にそれをいれ、自分のささげものを完全なものにしたのでした。
自分を捨てることが瞑想そしてすべての愛の根底にある原動力ですが、礼拝はそれを理解する一つの方法です。それは犠牲をまた別な視点でとらえることを可能にしてくれます。何か貴重なものを失うこととか、(実際には)心の中で足をけったり金切り声を上げているのに無理やり持ち去られていってしまうものとしてではなく、むしろさらに大きな至福と充足の中に入り込む尊い機会としてとらえる見方を与えてくれます。そういう(至福や充足の)瞬間を受け容れ、身をゆだねることが、賛美の賜物であり、そのおかげで私たちは愛の錬金術の中で自分の全存在をまとめ、一つのものにし、素朴になることができるのです。
これが瞑想におけるマントラの多元的な働きであり、マントラを唱える時は本当に単純にならなければならない理由なのです。そうして初めて、これらすべての次元が調和し、ともに発達することが可能になるからです。それは単に時間を捧げるというだけではありません。。。。私達の頭のありとあらゆる階層におけるさまざまな思い、想像、会話もいけにえとしてさしださなければなりません。ビシュヌ神の場合と同じように、ものを見、そして知る術のすべてを完全に捨てなければならないのです。しかしそれは、ほんの一時的な、そして部分的な失明状態に過ぎません。それは、ものを見そして知る新しくより大いなる方法への信仰の行為なのです。
マントラは。。。祈りを私たちの存在それ自体から湧きあがる賛美へと導いていきます。神に。。。あなたは何と全能であり、全知であり、普遍の存在でいらっしゃることかと語りかけるだけではありません。私達の存在そのものに本質的に備わっている招き、即ち、神が在るようになれという招きを、恵みにより、子とされることにより、愛によって受け入れることなのです。
恵みと人間性のこの協働の中で私達の存在はまったきものとなるのです。マントラに耳を傾ける時、私達のものであり同時にキリストのものである純粋な賛美の賜物の中で、癒し主キリストが最も大いに働いてくださり、深みと表面を、内側と外側を一つにしてくださるのです。
_/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/
>>>>> 30分間瞑想 <<<<<
覚えておきなさい。腰をおろし、背筋をピンと伸ばして身動きせずに座りなさい。眼を軽く閉じ、体をリラックさせて、しかし心はとぎすませて座りなさい。声を出さずに、心の中で、一つの単語を唱え始めなさい。私達は「マラナタ」という祈りの言葉を薦めます。同じ長さの4音節としてそれを繰り返しなさい。自分の唱えるその言葉に耳を傾けなさい。マラナタは、そっと絶え間なしに唱え続けなさい。何も考えたり、想像したりしてはいけません。霊的なことであろうと俗的なことであろうとです。色々な考えやイメージが浮かんできますが、それらは過ぎるに任せなさい。最初から最後まで、ただ自分の注意を謙虚に飾り気なしに、自分の選んだ言葉を信仰のうちに唱えることへ戻しつづけなさい。
_/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/
瞑想の後で
_/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/
D.H. Lawrence, "PAX," from www.gratefulness.org/poetry/after_meditation.htm
真に重要なのは、生ける神と一つであること、
命の神の館で生きるものとなることだ。
椅子の上に眠る猫のように、
安らかに、争いもなく
そして家の主人と、女主人と一つとなって
くつろいで、生ける者達の館の中でくつろぎ、
暖炉の上で眠り、火の前で伸びをする。
命ある世界の暖炉の上で眠り、
命の火の前でくつろいで伸びをする
生ける神が現にいますことを
大いなる安堵と感じながら
心の中の深き静寂
命の館の中で
自分本来のそして自分よりも大きな存在のなかで
食卓に座るご主人のように
現にいますことを
_/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/
|