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The International Centre
The World Community for Christian Meditation St. Mark's, Myddelton Square London EC1R 1XX England, UK International Office: +44 0207 278 2070 Email: mail@wccm.org |
8月24日から9月11日までヨーロッパに出張します。可能な限り定期的に翻訳を続けたいと思いますが、インターネットアクセスの問題、時間の問題で必ずしもうまくいかないこともあります。その場合は、これまでのしおりをお読みください。これまでのしおりは、http://esuk.net/wccm/ にあります。御迷惑をおかけしますが、悪しからずお許しください。 I will be travelling in Europe on
school business from 24 Augutst to 11 September. I will try my best to send you
the readings as regularly as possible, but it may not be possible to do so due
to the limited Internet access and/or time. In that case, please use the
readings of the past, which you may find at http://esuk.net/wccm/ . I apologize for the
inconveniences.
The World Community for Christian
Meditation +
Weekly Internet Medit@tion Group _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ Weekly Readings - 2008年8月17日 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ 物理的には他の瞑想者たちと隔たっているとしても、聖霊の中で一つとされている。毎朝、毎晩、瞑想のために30分間時間を取りなさい。可能であれば、同じ時間、同じ静かな場所で瞑想しなさい。瞑想が自分の一日の自然な一部になるからです。時間は十分に取りなさい。マントラを忠実に唱えなさい。そして聖霊の中で私達すべてを一つにする沈黙のネットワークの中に入りなさい。 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ John Main OSB, “God is the Centre of my Soul,” THE WAY OF UNKNOWNING (New York: Crossroad, 1990) pp. 18-20.. 十字架の聖ヨハネは、瞑想の本質に関する回想録の中で書いています。「神が私の魂の中心である」現代の大きな宗教的ジレンマの一つに、自分を信仰深いと思っている人々は神を自分の頭で理解しようとし、そして信仰とはあまり縁のない人々は自分の生活から神を一切切り捨ててしまっていることがあります。私たち皆が気づかなければならないのは、神について、何かを語ろうというのであれば、まず自分の中に神を見出さなければならない、自分探しの旅、即ち自分の本質的存在への行脚の旅に出発しなければならないということです。私たちが、私はあるものなるお方を見出すのは自分自身を発見した時、自分がもっと十分で完全なる存在となりうる能力を持っているんだということに気づいた時のことなのです。それに気づいた時、私たちは自由の身とされるのです[。。。。] 瞑想というのはすべての人にとってすばらしい機会です。。。。というのも、自分の起源、私たちの存在の根底に回帰する時、私たちは自分の無垢へと帰るからです。教会の最初期の父たちにとって瞑想への召しは心の純粋への召しでありました。心の純粋、それこそが無垢の本質です。エゴイズムや欲望や様々な幻によって曇らされることのない視界、単純に愛のみによって動かされている心。瞑想は私たちを混じりけのない明晰さへと、視界の明晰さ、理解の明晰さ、そして愛の明晰さ、つまり単純さから生まれてくる明晰さへと導いてくれます。そして瞑想を始めるのに必要なのは始めるという単純な決意と、そしてその後は持続する決意だけなのです。。。。 さて、瞑想とは何かを思い出してください。それは集中の方法です。私たちは思念を超えて、欲望を超えて、そして想像を超えていかなければなりません。そしてその超えることの中で、私たちは今、ここで「その中で私たちが生き、活動し、存在している」(使徒17:28)神の中に在るのだということがわかり始めるのです。単純さの道は唯一つの言葉、ただ一つの言葉を繰り返し唱える道です。言葉の氾濫、様々な考えの迷路を超えて神と一つの状態へと導きいれてくれるのは唯一つの言葉を繰り返し唱えることであり、そして毎朝、毎晩このマントラを唱えることを忠実に行うことなのです。 人生における大きな問題が、コミュニケーションが取れない(それも自分自身とすらとれない)というところから発生してきますが、瞑想は完全なるコミュニオン、即ち存在の一なる状態へと入り込む道なのです。瞑想の中で、そして瞑想によって豊かにされた生活の中では、私たちは、いかなる人間であろうとも、十分にそして完全に自分自身となるのです。(2006年7月30日初訳) _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ >>>>> 30分間瞑想 <<<<< 覚えておきなさい。腰をおろし、背筋をピンと伸ばして身動きせずに座りなさい。眼を軽く閉じ、体をリラックさせて、しかし心はとぎすませて座りなさい。声を出さずに、心の中で、一つの単語を唱え始めなさい。私達は「マラナタ」という祈りの言葉を薦めます。同じ長さの4音節としてそれを繰り返しなさい。自分の唱えるその言葉に耳を傾けなさい。マラナタは、そっと絶え間なしに唱え続けなさい。何も考えたり、想像したりしてはいけません。霊的なことであろうと俗的なことであろうとです。色々な考えやイメージが浮かんできますが、それらは過ぎるに任せなさい。最初から最後まで、ただ自分の注意を謙虚に飾り気なしに、自分の選んだ言葉を信仰のうちに唱えることへ戻しつづけなさい。 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ 瞑想の後で _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ St John of the Cross著、 DARK NIGHT OF THE SOUL (New York: Image, 1959), Bk 2, Ch 13, pp. 142-143から抜粋 気高い人であったマグダラのマリアがその場に居合わせた多数の男たちを、重要人物であれ、ごく普通の人であれ、まるで気にかけなかったのはこのためであった。また彼女は、一時間も遅らせることなく、あるいはさらに一季節待たずとも、自分の魂を傷つけ情熱の炎に火をつけたその人の愛を求めて手を差し伸べることができるならば、その客たちの間でさめざめと泣き、涙を流すことだって、品がないだとか、無作法にみえるだとか思うこともなかった。愛は彼女に酔いしれるほどの力を与え、大胆にする。その愛と大胆さで、マリアは、自分の愛する人は、封印をされた岩で閉ざされた墓に入れられ、その弟子たちが盗み去らぬようにと守る兵士達に囲まれていると知りながら、そんなこと一切おかまい無しに夜明け前に、その人の身体を清めるための膏薬を持って出かけていったのだ。(2001年4月8日初訳) _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ WCCMの活動は、皆さんからの寄付で支えられています。センターへ寄付金を送っていただければ大いに感謝いたします。センターの住所は、 The International Centre; The World Community for Christian Meditation St. Mark's, Myddleton Square; London EC1R 1XX; England, UK Tel: 020 7278 2070; Fax: 020 7713 6346 アメリカ合衆国ならば、 the John Main Institute C/O Bob Lankford (JMI会計係), 2490 18th, Kingsburg, CA 93631; JMIのアメリカ政府用税控除番号は 52-1735210 です。 Weekly Internet Medit@tion Group Leader: Carla Cooper WCCM Guiding Board & John Main Institute Houston, Texas +++++++++++++++++ これまでの瞑想の栞は http://www.esuk.net/wccm/ +++++++++++++++++ 日本語のWeekly Readings (瞑想の栞)翻訳・監修責任 WCCM京都グループ 黒宮康明 E-mail:info@esuk.net |