ホーム

(Image)
世界
キリスト教
瞑想会


よくある質問
1ページ/9ページ

質問:どうしてマントラが必要なんですか。マントラの役割はなんですか。どうやって選んだらいいんですか?

答え:マントラの目的は3つあります。まず、雑念を処理する助けとなります。精神は、雑念に気をとられないようにするために、焦点、つまり何か夢中になれるものが必要です。第2にマントラは単純さという状態に引き入れてくれます。3つ目にそしてこれがクリスチャンとして瞑想する我々には最も重要なことですが、マントラを唱えることは私たちの心の中にいますキリストへの信仰の表現なのです。
 マントラは慎重に選ばれます。それは私たちの信仰の表現です。瞑想は、瞑想する人の信仰の故にキリスト教的なのです。マントラはこのことを表現するものなのです。自分自身のマントラを選ぶことはかまいませんが、理想的には先生が生徒にマントラを与えます。御霊は内なる先生です。だからこの内なる先生がインスピレーションで自選のマントラを与えてくれる場合もあります。
 ジョン神父が推薦していたマントラはマラナタという言葉です。これはイエスの話していたアラム語の単語です。それは、主イエスよ来たれ、あるいは主は来ますという意味です。自分の母国語ではありませんので、いかなる想いもその単語から連想されることはありませんし、いかなる考えも浮かびません。バランスのとれたリズミカルな単語で、呼吸のリズムともうまく合いますし、またこれは最も古いキリスト教徒の祈りの言葉の一つなのです。アッバとかイエスの名前とか(正教の)イエスの祈り、あるいはその一部だけとか聖書の中のどの短い言葉でもマントラとして使うことができます。ジョン・キャシアンが奨めた「式文」は、「オー、神よ私を救いに来てください、オー主よいそいで私を助けてください」というものでした。自分の言葉を選ぶことはとても大切です。一度選んだら、この伝統のにおいては、いつも同じ言葉を使うことが大事です。そうすれば、その言葉が心の中に根をはり、いつも祈りの方法となるのです。

質問:日に2回瞑想しなければならないのですか?一度はできるんですが、2回目が無理なことがよくあるんです。

答え:かつてジョン神父に2回目の瞑想の時間が取れませんとぼやいたことがありました。ジョン神父が同情してくれるものと思ってたんです。いつも簡単なわけではないということは分かってはいましたが、ジョン神父は、そっけなく、もし君が本当に求めているのなら、必ず時間は見つかると答えたのでした。その人は家に帰り、自分のスケジュールを変え、そして時間を作ったのでした。しかし、一度の方がまったくしないよりはましです。皆、自分にできることをすべきなのです。そうすれば実践を重ねるうちに次第にできるようになります。

"Coming Home: An Introductory Seminar to Christian Meditators, Resources for Presenters." Published and (C) Copyright 1999. The World Community for Christian Meditation. より。この文書は、著作権者の許可を得て使用しています。転載厳禁。

|1|234|5|6|7|8|9|  ホーム