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よくある質問
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質問:誰からも教えられずに瞑想するような人はいるのですか。

答え:はい。瞑想を教える時には、マントラが何か新しい発見であるかのように言われることもあるかもしれませんが、しかしそれは人間が自然に入り込むある意識状態が最終的に到達する状態なのです。つまり意識のすべてをただひとつの言葉に向けるならば、その言葉は完全な沈黙へといたるものなのです。

質問:誰からも教えられないで瞑想状態に入る人もいるんですか。

答え:はい。マントラは、最近発見されたばかりのものだという教え方をする人もいるかもしれませんが、それは、人々が自然に入り込むある意識状態が自然に到達する最終局面なのです。つまり、意識をただひとつの言葉だけに向けていると、その言葉が自然に完全な沈黙へと導いていくのです。

質問:瞑想していると両手がくすぐったくなるのですが、これって大丈夫なんでしょうか。

答え:瞑想していると自分という人間のすべてが次第に統合され、調和が取られていきます。これはよいことで、色々な肉体的感覚を伴うことがありますが、そういう感覚は単純に無視しなければいけません。こういう感覚は役割が終わると消えていくものです。これらの感覚は私達の体の中のエネルギーの動きそして流れと結びついています。瞑想によって体がリラックスすると体内をエネルギーが自由に流れるようになり体に色々な感覚が走るのです。

質問:瞑想していると色が見えてくるんです。とても快感なんですが、それを楽しんでいて良いんでしょうか。(人によって、光であったり、愛の感覚であったり、平安であったりします。)

答え:忘れていけないのは、途中で体験する感覚はいずれも瞑想のゴールではないということです。これはすべて体が統合され調和がとられていく過程で起こることです。大事なのは、そういうものに執着したり、欲したりしないで、来るがままに来させ、消えるがままに消えさせていき、意識はマントラに集中し続けることです。

質問:私は瞑想を始めてかなりになるのですが、どうも悪くなっているような気がするのです。瞑想しているとすごく怒りが湧いてくるのです。かと思うととても悲しくなってやたらとないたりするんですが、いったいどうなってるんでしょう?

答え:瞑想では、自分の存在の深みの中にいます神に向かって進むにつれて、自分の意識の全階層を通過しなければなりません。自分の存在のいくつもの層を通過することなしに神と一つである深みにまで到達することは出来ません。
 実を言うと、あなたの体験していることは、癒しなのです。現実にその渦中にある時は、何処が癒しだ、と思うことでしょうが、それは古い傷、悲嘆などが解き放たれていく現象なのです。ここでもまた、大切なことは、意識はマントラを唱えることに集中しながら、いわば打ち上げられた花火がパッと広がるように、自分の中にある古いものを外に出してやることです。ただ、場合によって、苦痛や他の感情が耐えがたいほど強くなったりしたら、瞑想以外の場で専門家のカウンセリングを受けたりする必要があるかもしれません。あるいは、絵を描いたり、文を書いたりしてそういう感情を外に出してやるのもよいでしょう。いずれにしても、瞑想は続けなければいけません。瞑想と他の癒しの手法を併用するととても強力なものになります。

"Coming Home: An Introductory Seminar to Christian Meditators, Resources for Presenters." Published and (C) Copyright 1999. The World Community for Christian Meditation. より。この文書は、著作権者の許可を得て使用しています。転載厳禁。

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