The World Community for Christian Meditation +
Weekly Internet Medit@tion Group
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Weekly Readings ?2002
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物理的には他の瞑想者たちと隔たっているとしても、聖霊の中で一つとされている。毎朝、毎晩、瞑想のために30分間時間を取りなさい。可能であれば、同じ時間、同じ静かな場所で瞑想しなさい。瞑想が自分の一日の自然な一部になるからです。時間は十分に取りなさい。マントラを忠実に唱えなさい。そして聖霊の中で私達すべてを一つにする沈黙のネットワークの中に入りなさい。
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A selection from John Main OSB, "A Call to the Fullness of Life," MOMENT OF CHRIST (New York: Continuum, 1998), pp. 110-111.

瞑想はやり方を覚えることではありません。在り方を身につけることです。自分自身となること、すなわち 自分という存在 の贈り物と一つになることです。私達はすでにこのことを非常にはっきりと、確信をもって理解するようになっています。言葉を変えて言うならば、瞑想というのは 自分という存在、 自分という創造 の贈り物を受け容れるようになることなのです。自分という存在そして自分の絶え間ない創造と一つになるということは、すべての創造と一つになることであり、、、創造主と一つになっているのです。

 

瞑想の中で私達が一つまなぶことは、活動を超えることが何よりも大切であるということです。実際、いかなる活動も、それが存在から、つまり自分という存在の深みから湧き出でるものでない限り一切意味を持ちません。少なくとも時の流れを超える意味の深みは持たないのです。だから瞑想は、浅瀬から深淵へと私達を導く道であるのです。在り方を身に付けるというのは、生命の完全な豊かさから生き始めるようになることです。それが私達に与えられている召しなのです。それは完全な豊かな人となる道を見つけることなのです。キリストの啓示の神秘は、このように生命の完全な豊かさから生きていると、自分という創造 を永遠の時の中で生きている というところにあります。つまり、もはや、あたかも生まれた時に受けた、限られた命を消費していっているかのような生き方をしなくなるのです。イエスの教えから私達は知っています、私達の存在の源、、、私達の創造主、ご自身を「私は在る」と述べられるお方と一つであるとき、私達は無限に生命で満たされることを。

 

生きるということ、人生を完全に豊かにいきるという芸術は、私達の源の永遠の新しさから、、、神の創造の御手から湧き上がる私達の霊から生きるという芸術なのです。今あるようなあまりに現代的な、物質主義的な生活のひどいところは、それが、とても浅薄で、この深淵と可能性を、瞑想の鍛錬をする時間をとる気になりさえすれば一人の例外もなく手に入れられる深淵と可能性を真剣にかえりみようともしないことです。

 

キリスト教の世界には、私達をこの自分という存在の源に導いてくれる道案内がいます。それは、完全な人であり、完全に神に開かれた人であるイエスです。しかし、毎日の瞑想の中で、この道案内に気づくということはないでしょう。だからキリスト者の旅路は常に信じて歩む信仰の旅路なのです。しかし自分という存在の中心に近づくにつれて、つまり自分の心に入り込むにつれて、私達の道案内が私達を出迎えてくれていることに、私達をここまで導いてくれた方が出迎えてくれていることに気づきます。存在の 個としての完全へと、私達一人一人を招き入れてくれているその人に歓迎されるのです。瞑想の結果というか、瞑想が生み出すものは、まさにこの完全で豊かな命の調和です。つまり、一つであること と 力 、自分の心の中に、自分の霊の中に漲る神の力 なのです。その力こそがすべての創造の力なのです。そしてそれは、イエスが私達に教えているように、愛の力なのです。

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覚えておきなさい。腰をおろし、背筋をピンと伸ばして身動きせずに座りなさい。眼を軽く閉じ、体をリラックさせて、しかし心はとぎすませて座りなさい。声を出さずに、心の中で、一つの単語を唱え始めなさい。私達は「マラナタ」という祈りの言葉を薦めます。同じ長さの4音節としてそれを繰り返しなさい。自分の唱えるその言葉に耳を傾けなさい。マラナタは、そっと絶え間なしに唱え続けなさい。何も考えたり、想像したりしてはいけません。霊的なことであろうと俗的なことであろうとです。色々な考えやイメージが浮かんできますが、それらは過ぎるに任せなさい。最初から最後まで、ただ自分の注意を謙虚に飾り気なしに、自分の選んだ言葉を信仰のうちに唱えることへ戻しつづけなさい。
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瞑想の後で
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A selection from "Directions to Hesychasts," Chapter 90, THE PHILOKALIA: Writings on the Prayer of the Heart, tr. E. Kadloubovsky (London: Faber and Faber, 1992), pp. 257-58.

 

聖イサク曰く、「外なるものにより生じる愛は、油を炎とするランプ、あるいは降雨で生じる小川のようなもの、、、。しかし神を対象とする愛は噴出する泉のようなもの、、、。その流れは決して止まることはない。それは神が、この愛の源であり、そしてまたその栄養源であるから、決して枯渇することがないからだ。」

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この栞はあなたの個人的な使用のためだけに提供されています。(引用される文書は色々な理由で繰り返されることがあります。)将来利用するためにハードディスクに保存してもいいですし、別な機会に読んだり、他の人と共有するためにプリントするのもよいでしょう。

 

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