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The World Community for Christian
Meditation + A selection from John Main OSB, "Focus
on the Real," THE HEART OF CREATION (New York: Continuum, 1998), pp.
83-84. はっきりと理解しておかなければならないことの一つに、この瞑想という知恵と愛の探求は、ごく日常的で自然なやり方でなされなければならない、ということがあります。瞑想は日常生活を構成する普通の網目のひとつとして編み込まれなければならないのです。生命の全体に神性が満ち溢れ、神との調和の中にあるということが見えるようにならなければなりません。また、この調和の中に入り、神と共鳴しあうようになることが私たちの宿命であるということをも理解しなければなりません。日々の生活の中に少しばかりの霊性を持ち込もうというようなことではないのです。霊の探求、つまり常に今ここにある霊的な招きは、私たちの日々の生活を、私たち自身を、絶対の真理、絶対の善にいつも焦点をあわせなさいというものなのです。しかも、それをもったいぶったり、自分本位になったりせずに、本当に素朴な子供のようなやり方でしなければなりません。 つまり、動きをとめることです、気をはりつめることです、私たちを愛してくださっているお方に心をかたむけることです。生命の大いなる課題にふさわしいものとなるためには、とるにたらぬような課題を忠実にこなすようにならなければなりません。瞑想というのはとても単純で、とても卑小な巡礼行なのです。しかしこの巡礼行によって私たちの日々の生活が神の中心に焦点をあわせたものとされます。生活が、霊的な活液(活力をみなぎらせる体液)、あらゆる存在の根源から昇ってくる活力によって強められます。私たち一人一人がすでにいただいている招きは、自分がなにものであるかに気づきなさい、個々の分断された自我の制約を超えて、あらゆるものの中にあるすべてであるお方と一つにされるという私たちが受けている宿命を発見しなさいというものなのです。自分を超える時、自分が見つかります。そして自分には発達の、自由の、そして愛の無限の能力が備わっていると分かります。 最上級表現には気をつけなければなりません。あまり夢中になり過ぎないようにしなければなりません。最上級表現ばかり使っているうちに、課題が取るに足らないものであること、つまりやり方がまったく日常的なものであることを忘れてしまうことがあるからです。日常性とはすなわち、日々の生活の毎朝そして毎晩、心と体を落ち着けて瞑想するということです。意識を集中し、神の中心に向い、焦点を合わせます。それを、自分の言葉を唱えるという単純なやり方でするのです。象徴を突き抜け、実在の混じり気のないまばゆい光が、心の中で神の御霊が「輝く」時のあの透き通った光と聖パウロが言ったものが至高の現実となるようにすることで、自分と現実との間に壁を設けることになるあらゆる心象を消し去るのです。 これは決して難しすぎることではありません。海を渡らなければ見つからないというものではありません。自分に代わって誰か他の人にしてもらう必要もありません。その現実は非常に身近にあります。神の御国を、私たちの心の中にある御国を探してみようという気持ちになりさえすれば、それは、私たちの心の中にあるのです。それはイエスご自身が私たちの心の中にうちたてて下さった神の御代であり、実に素朴に、厳密に戒めを守り抜くことが求められます。中でも誰にでも備わっている分別心に忠実であることです。この生命の泉から水を飲むために、それも深く飲み込むために、いつもそこへと戻らなければならないという分別心に忠実でなければなりません。ここで深く飲み込めば、日々の生活の中のあらゆることが焦点を合わせることが出来るようになるのです。 「だから、お願いですから」と聖パウロは言っています、「あなた達のまさに自分をささげてください。神に受け容れていただくにふさわしくささげられ、整えられた生ける生贄として、理知と心の献げる礼拝として差し出してください。もう、この世の型に自分を合わせてはいけません。心を作り変えていただき、自分の全存在を変えていただきなさい。」(ローマ12:1-2) _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ A selection from Olivier Clement, ON HUMAN BEING: A SPIRITUAL
ANTHROPOLOGY (London: New City, 2000), p. 19. _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/
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