The World Community for Christian Meditation +
Weekly Internet Medit@tion Group
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Weekly Readings ?2002
55日号
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物理的には他の瞑想者たちと隔たっているとしても、聖霊の中で一つとされている。毎朝、毎晩、瞑想のために30分間時間を取りなさい。可能であれば、同じ時間、同じ静かな場所で瞑想しなさい。瞑想が自分の一日の自然な一部になるからです。時間は十分に取りなさい。マントラを忠実に唱えなさい。そして聖霊の中で私達すべてを一つにする沈黙のネットワークの中に入りなさい。
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Laurence Freeman OSB "The Labyrinth," JESUS THE TEACHER WITHIN (New York: Continuum, 2001), pp. 230, 234, 235-6.

実存の悲哀を潜りぬけない限り存在の喜びに入ることは出来ません。どうすればそうすることができるのでしょうか。個々の、孤絶した存在意識のはりめぐらすブロック塀を超越するテクニックなどありません。私たちには、仏陀が「巧みな手段」(原文では”skillful means”適切な訳語をご存知の方、ご教示ください)と呼び、聖ベネディクトが「霊的技巧の様々な器具」(原文では、”tools of the spritual craft)と呼んだ、霊的行脚の様々な鍛錬法しかありません。これらは、忠誠と謙虚、堅忍と単純さという資質です。瞑想はこういうものを絶対的に必要としますし、且つ又発達させてくれます。しかし、表面において、また深層において様々な雑念が静められ、心の活動がほとんどまったくない状態で瞑想の中に静止している時ですら、自意識という雑念が一番の根っこのところで働いています。「沈黙だ」と胸の内でつぶやいたり思ったりしている限り、沈黙ではありません。そして、完全な沈黙でない限り、まだそこには届いていないのです。沈黙とは、「私」という思いの孤絶状態が死ぬことであり、またそれが、御霊という真実の自分の中でよみがえることなのです。仮に、自分の祈りがどういう段階にあるかが分かるとすれば、まだ自分の行き先について考えていることになります。普段、考えとして抱いているものを吸収し超越する意識状態の中にあっては、御国が内にあり、私達はすでに御国の中に入っているなどということは完全には分からないものなのです。しかし、こういったまったく剥き出しの覚知に至ると、それまでマントラを唱えつづけた信仰もまた成熟に近づいてきます。それはすでに絶望と抑鬱に対する解毒・予防剤となっています。そして私達は、ますます深まる深淵の中で、どんどんかすかなものになっていくマントラの響きに聴き入り続けることができるようになっています。喜び、そして苦しみの両方において、偽りの慰めなどなしに、存在のさらに深い次元の中へと入り込むことができるのです。苦しみは、いかなる代価を払ってでも絶対に避けるべきものであるというエゴの浅薄な判断を超えています。たとえそれが苦痛に満ちたものであろうと、あらゆる成長の好機を見逃しはしません。<略>私達は、この孤絶の暗い谷間を通り抜けない限り、融合(原文unionひとつであること)の緑の牧草地に休むことは出来ないのです。この旅のどこかで、私たちを完全な全体から切り離しているかに思われる個の壁が、単純に開きます。その壁を強固に突き固めていた実存の悲哀がとけてしまい、その壁が崩壊するのです。その壁が開くと、あらゆる時が現在の瞬間に、神の個としての「私は在る」という永遠の今に吸収されるのです。

「イエスキリストは昨日も今日もそして永遠に変わることのないお方です。」とありますが、瞑想の旅路においては、これは、「イエスキリストはあらゆる段階の意識においても変わることのないお方です。際限ない雑念の表層においても、蓄積された記憶の第2段階においても、孤絶したエゴイズムのブロック塀と直面する第三段階においても」ということを意味します。キリストを目にし、それと気づく能力は、私たちが中心を置いている意識の段階によって制約されているにすぎないのです。しかしキリストは、今も、昔も、そしてこれからも常に変わることはないが故に、キリストの実在が、私たちのキリストを知る能力によって左右されることはありません。キリストは、私たちが、キリストを知っていようがいまいが、常に私たちと共にいます。聖ヨハネが語っている愛は、私たちの神への愛ではなく、神の私たちへの愛なのです。いつでも、神が最初に愛してくださるのです。

 

壁の向こう側で、御霊の中でイエスに出会うということは、それまでの段階でイエスに出会っていないということではありません。ストレス一杯の生活の中で、次ぎ次ぎと襲い掛かってくる雑念で、キーキー猿のようにうめいている精神状態の時でも、心の傷と恥辱とが問題の解決を求めて葛藤している苦痛に満ちた孤独な心の内側にも主はいます。そしてあらゆる衣装を脱ぎ捨てて、個であることの悲嘆以外、何もしがみつくものとてない中で剥き出しのエゴイズムの築き上げた壁の前に座り込んでいる時ですら主は私たちの前にいます。そして私たちの磔刑の時にも、イエスご自身の磔刑の間中私たちの前にいましたように私たちの前にいるのです。イエスの不在そして臨在はキリスト者の弟子としての歩みにおいては喜びに満ちた神秘です。瞑想はあらゆる段階の意識においていかに見るべきか、そして生きるべきかを教えてくれます。はっきり言っておく。私は門である。私を通って入る者は救われる。その人は、門を出入りして牧草を見つける。(ヨハネ10:9)

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覚えておきなさい。腰をおろし、背筋をピンと伸ばして身動きせずに座りなさい。眼を軽く閉じ、体をリラックさせて、しかし心はとぎすませて座りなさい。声を出さずに、心の中で、一つの単語を唱え始めなさい。私達は「マラナタ」という祈りの言葉を薦めます。同じ長さの4音節としてそれを繰り返しなさい。自分の唱えるその言葉に耳を傾けなさい。マラナタは、そっと絶え間なしに唱え続けなさい。何も考えたり、想像したりしてはいけません。霊的なことであろうと俗的なことであろうとです。色々な考えやイメージが浮かんできますが、それらは過ぎるに任せなさい。最初から最後まで、ただ自分の注意を謙虚に飾り気なしに、自分の選んだ言葉を信仰のうちに唱えることへ戻しつづけなさい。
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瞑想の後で
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Laurence Freeman OSB, "Dearest Friends," WCCM International Newsletter, August 1997, p. 7.

ある日、フローレンスで、サン・ミニアト大寺院の聖堂地下室から階段を上がっていた時、キリストの[私たち]との友情の広大な神秘を象徴する一つのイメージが浮かびました。階段を半分あがったところで、開いていた扉の所までずっと続くバシリカ聖堂の全体がなにものにさえぎられることもなく見えてきたのです。もう10センチも上がっていたら、フローレンスのパノラマ全景を見通していたことでしょう、何しろサン・ミニアトはフローレンスを見渡す丘の上にあるのですから<略>。しかしその時私が立っていたところからは、教会の黒っぽい玄関と暗い聖堂の素朴なインテリアにくっきりと縁取られた、この上なく透き通った明るい空しか見えませんでした。外の、まったく何もない広々とした透き通った空以外、つまり内側の陰に縁取られた純粋な光以外見えるものは何もありませんでした。

 

イエスは一度御自身のことを、私たちが神の無限の中へと入っていく門と言われたことがあります。イエスは、このことを私たちとの友情を通して、そしてすべての人間関係を通して教えてくださっているのです。

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この栞はあなたの個人的な使用のためだけに提供されています。(引用される文書は色々な理由で繰り返されることがあります。)将来利用するためにハードディスクに保存してもいいですし、別な機会に読んだり、他の人と共有するためにプリントするのもよいでしょう。

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Carla Cooper
WCCM USA National Coordinator
Huston, Texas

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