The World Community for Christian Meditation +
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Weekly Readings ?2002
年5月19日
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物理的には他の瞑想者たちと隔たっているとしても、聖霊の中で一つとされている。毎朝、毎晩、瞑想のために30分間時間を取りなさい。可能であれば、同じ時間、同じ静かな場所で瞑想しなさい。瞑想が自分の一日の自然な一部になるからです。時間は十分に取りなさい。マントラを忠実に唱えなさい。そして聖霊の中で私達すべてを一つにする沈黙のネットワークの中に入りなさい。
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Laurence Freeman OSB, "Spirit," JESUS THE TEACHER WITHIN (New York: Continuum, 2000), pp. 184-87.

聖霊は私たちの神の見方を変えてしまいます。イエスは、サマリアの女に、これからは「霊と真理をもって」神を礼拝しなければならないと告げた時、神を他の存在の中の一つの事物もしくは存在へと変えてしまうあらゆる教派的関係性を超越しなければならないということを意味していました。そういう種類の関係の中では、私達は、神をある一瞬やさしかったかと思うと次の瞬間には復讐心に燃えていると考え、その神の偶像の怒りを静めようとしたり、こびいろうとしたりしがちです。聖霊の非二元性の中で、新しい神とのコミュニオン(交感)の感覚を持つと、自分の中に神を感じると言い出す人が多いのですが、これは、外なる神を過剰に強調していたかつての傾向を是正しているに過ぎません。水中の魚や、空中の鳥達のように、私達は、聖霊の中で生き、動き、そして神の中に存在しているのです。私たちが内とか外とか考えるあらゆるものが神の中にあるのです。

聖霊は、息のように生気を与え、水のように流れ、火のように浄化し、真理のように解放してくれます。そして火のように燃えます。聖ヨハネは、イエスがこの霊を父のもとから、『すなわち父のもとから出る真理の霊』を「送る」と言っています。またヨハネは、父は、私たちの弁護者たるべき霊を「私の名前で」送るとイエスが言ったと書いています。ここは本当に曖昧なところです。霊は父から来るのですが、それはまた、父と一つであるイエスからも来ているのです。イエスの彼の父とのコミュニオンは霊なのです。霊はそこから霊を送ります。贈り主と贈り物は一つであり、同じ一つの実在なのです。これが友情の、それも神との友情のなかでの贈り物なのです。

 

聖ヨハネの福音書の中では、復活と聖霊を贈ることは単一の出来事とみなされています。イエスは、復活祭の晩に、恐れおののきながら鍵を下ろした部屋の中でひっそりと集まっていた弟子達の中に来て立ちました。イエスの最初の言葉は、シャロームでした。この平和を表す豊かなヘブライ語は あらゆる階層の存在の調和という祝福を招来しました。シャロームは、神の調和、すなわち聖霊から直接流れ出ています。それを受け止めるということは人知を超えるあの平和に与ることなのです。

 

イエスはそれから弟子達に息を吹きかけ、「聖霊を受けなさい」と言ったのです。イエスの言葉を弟子達の胸に、そしてイエスの言葉に耳を傾けるもの達の心に運んだイエスの息は、聖霊の媒体です。それからイエスは弟子達に罪を赦す力を与えました。私たちが傷つけ、また私たちを傷つけた者を赦す 力というのは聖霊の賜物です。なぜなら赦しはコミュニケーションにとっての最大の障害物を取り除くからです。それは傷を癒し、真実を告白し私たちを自由にし、苦痛を慰め、怒りを静め、恨みを解消させ、敵どうしの和解を成し遂げます。真理を知る者は誰であれ赦す力をもちます。イエスは自分の敵たちを理解していました。だから彼らを赦すことが出来たのです。「父よ彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」

 

聖霊が何であるかは、私たちへの聖霊の働きを通して分かります.えこひいきしない友であり、愛する力を解き放ってくれる友であり、際限なく赦してくれる友なのです。聖霊を観察することは出来ませんが、聖霊が音も立てずに、癒し慰めながら私たちの人生の中を通過していったその痕跡によってそれと気づくのです。
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覚えておきなさい。腰をおろし、背筋をピンと伸ばして身動きせずに座りなさい。眼を軽く閉じ、体をリラックさせて、しかし心はとぎすませて座りなさい。声を出さずに、心の中で、一つの単語を唱え始めなさい。私達は「マラナタ」という祈りの言葉を薦めます。同じ長さの4音節としてそれを繰り返しなさい。自分の唱えるその言葉に耳を傾けなさい。マラナタは、そっと絶え間なしに唱え続けなさい。何も考えたり、想像したりしてはいけません。霊的なことであろうと俗的なことであろうとです。色々な考えやイメージが浮かんできますが、それらは過ぎるに任せなさい。最初から最後まで、ただ自分の注意を謙虚に飾り気なしに、自分の選んだ言葉を信仰のうちに唱えることへ戻しつづけなさい。
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瞑想の後で
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Olivier Clement THE ROOTS OF CHRISTIAN MYSTICISM (London: New City, 1995), pp. 82-83.

神に似せられているのは、魂と肉体、まるごとの人間である。聖霊の命を与える息吹を受け取ることで肉体は、神の目に見える表現であることが可能にされている。が、それは仮面ではなく顔である。
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