|
The World Community for Christian
Meditation +
Weekly Internet Medit@tion Group
_/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/
Weekly Readings -- July 7, 2002
_/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/
物理的には他の瞑想者たちと隔たっているとしても、聖霊の中で一つとされている。毎朝、毎晩、瞑想のために30分間時間を取りなさい。可能であれば、同じ時間、同じ静かな場所で瞑想しなさい。瞑想が自分の一日の自然な一部になるからです。時間は十分に取りなさい。マントラを忠実に唱えなさい。そして聖霊の中で私達すべてを一つにする沈黙のネットワークの中に入りなさい。
_/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/
John Main OSB, "Growing Point," THE HEART OF CREATION, (New
York (Continuum, 1998), pp. 105-107.
神は命の息吹です。神は臨在であり私たちの存在の、心の奥深くにいてくださいます。堅忍しさへすれば、私たちは、一人一人が神の霊の力の中で再び産み出され、再生され、そして再創造されて新たな創造となることを発見します。「私は私の霊を注いだ」と預言者エゼキエルは語りました。そしてこの霊は、力の、愛の力の臨在なのです。瞑想が教えてくれるのは、これが命と真実の宗教を築き上げるべき土台となる知恵だということです<略>。
キリスト教の神秘の根源は何なのでしょう。それはきっと、久遠の世界は私たちの真っ只中にあり、絶対的実在が今、ここにあるということです。キリスト者の信仰が教えてくれるものは、この実在の神秘に開いていることで、私たちは自分の中から連れ出され、自分を超え、この絶対的神秘、即ち神の中へと引き入れられるということです。神は、自分をいかに超越するかです。私たちは、今であるすべてへの単純な開放によってあらゆる限界を超越します。この神秘への大いなる目覚めが天の御国であり、御国は今なのです。それはイエスにより確立され、イエス自信の言葉により宣言されています。「天の御国はあなたの上にある。くいあらため福音を信じなさい。」
くいあらためるということは、単純に神の方向に向き直るということを意味します。くいあらためとは、自分から離れるということではなく(というのも、それでは今だに自分の中心に縛り付けられています)、自分を超えるということです。つまり、自分を拒絶するのではなく、神との完全な調和の中にはいり、自分のすばらしい潜在能力に気づくということなのです。この潜在能力への気づきがキリスト教のポジティブな基盤であり、それゆえ、キリスト者にとって、中心的関心事は自己ではないし、また罪でもないのです。中心的実在は神そして愛です。そして私たちに関する限り、神の愛の中での成長なのです<略>。
御国は確立されています。信仰と服従によって私たちはそれを認識できるようになります。認識作業の詳細を覚えておきなさい。沈黙していられるように、そして沈黙を愛するようになりなさい。瞑想する時は、お告げやしるし、あるいは神秘的現象を求めるのではありません。一人一人が謙虚に、忍耐強く、そして忠実にならなければなりません。鍛錬によって静止できるようになり、静止によって、神にあらざるものはすべてからときはなたれた無の心に入れるようにならなければなりません。というのも神は、私たちの心のすべてを要求しているからです。この無の心が完全な忠実さでマントラを唱えつづけることで身につく心の純粋です。神秘は絶対的な真実であり、絶対的な愛ですから、私たちの応答もまた絶対的でなければなりません。私たちは、単純になることで絶対的に応答するのです。
_/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/
_/
>>>>> 30分間瞑想
<<<<<
覚えておきなさい。腰をおろし、背筋をピンと伸ばして身動きせずに座りなさい。眼を軽く閉じ、体をリラックさせて、しかし心はとぎすませて座りなさい。声を出さずに、心の中で、一つの単語を唱え始めなさい。私達は「マラナタ」という祈りの言葉を薦めます。同じ長さの4音節としてそれを繰り返しなさい。自分の唱えるその言葉に耳を傾けなさい。マラナタは、そっと絶え間なしに唱え続けなさい。何も考えたり、想像したりしてはいけません。霊的なことであろうと俗的なことであろうとです。色々な考えやイメージが浮かんできますが、それらは過ぎるに任せなさい。最初から最後まで、ただ自分の注意を謙虚に飾り気なしに、自分の選んだ言葉を信仰のうちに唱えることへ戻しつづけなさい。
_/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/
瞑想の後で
_/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/
Dionysius the Areopagite, Mystical Theology I, 1, noted in Olivier Clement, THE
ROOTS OF CHRISTIAN MYSTICISM (London: New City, 1995), 247.
目を閉ざすことを知っている心を、美よりも美しい輝きで満たす、この上ない輝きをもって光る闇の秘密を私たちが学ぶのは沈黙の中でだからです。
_/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/
この栞はあなたの個人的な使用のためだけに提供されています。(引用される文書は色々な理由で繰り返されることがあります。)将来利用するためにハードディスクに保存してもいいですし、別な機会に読んだり、他の人と共有するためにプリントするのもよいでしょう。
インターネット上の瞑想週会に参加し、emailでこの「瞑想の栞」を受け取りたいという方は、http://form.easyml.com/easyml/meditation-c8.php3 で「キリスト教瞑想会ML」に登録してください。
|