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The World Community for Christian
Meditation + 毎日瞑想することが絶対的に必要です。瞑想と霊との関係は、食べ物や空気と肉体との関係に等しいものです。神の光の中で生きたいというのであれば、平安、平静、真実のヴィジョンを抱く能力というものにたどり着かねばなりません。何度も何度も繰り返し福音は語っています。その光は私たちの心の中で輝いているのです。だから私達は謙虚にそして愛の中でその光に開いていけばよいのです。 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ >>>>> 30分間瞑想 <<<<< 覚えておきなさい。腰をおろし、背筋をピンと伸ばして身動きせずに座りなさい。眼を軽く閉じ、体をリラックさせて、しかし心はとぎすませて座りなさい。声を出さずに、心の中で、一つの単語を唱え始めなさい。私達は「マラナタ」という祈りの言葉を薦めます。同じ長さの4音節としてそれを繰り返しなさい。自分の唱えるその言葉に耳を傾けなさい。マラナタは、そっと絶え間なしに唱え続けなさい。何も考えたり、想像したりしてはいけません。霊的なことであろうと俗的なことであろうとです。色々な考えやイメージが浮かんできますが、それらは過ぎるに任せなさい。最初から最後まで、ただ自分の注意を謙虚に飾り気なしに、自分の選んだ言葉を信仰のうちに唱えることへ戻しつづけなさい。 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ 瞑想の後で _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ Willigis Jager, SEARCH FOR THE MEANING OF LIFE: Essays and Reflections on the Mystical Experience (Liguori, MO: Triumph Books, 1995), p. 75. 宗教はガラスの窓に喩えることが出来るかもしれない。それは内側から照らされない限り暗いままである。光そのものは、目に見えないものであるが、宗教という窓の中に入ると、光も形を持つようになり、誰の目にもそれと理解できるようになる。多くの場合に、宗教には、信徒をこの窓の形にはめ込もうとする傾向がみられるのだが、絶対的なものは窓ではなくてその背後で輝いている光なのである。あらゆる形をもつものの背後で輝く光が見える者だけが、宗教の意味そして終着点を理解できるのである。 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ この栞はあなたの個人的な使用のためだけに提供されています。(引用される文書は色々な理由で繰り返されることがあります。)将来利用するためにハードディスクに保存してもいいですし、別な機会に読んだり、他の人と共有するためにプリントするのもよいでしょう。 インターネット上の瞑想週会に参加し、emailでこの「瞑想の栞」を受け取りたいという方は、http://form.easyml.com/easyml/meditation-c8.php3 で「キリスト教瞑想会ML」に登録してください。 |