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Weekly Internet Medit@tion Group

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Weekly Readings -- April 1, 2001

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物理的には他の瞑想者達から離れているかもしれませんが、あなたは聖霊の中

で彼らと結ばれています。毎朝そして毎晩、瞑想の時間を半時間とりなさい。

できれば同じ静かな場所そして時間に座りつづけなさい。そうすることによっ

て瞑想の時間が一日の自然な時間の流れの一部に組み込まれていくからです。

時間をたっぷりと取りなさい、そして忠実にマントラを唱えなさい、そして私

たちすべてを聖霊において一つのものとしている沈黙のネットワークに入りな

さい。

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Laurence Freeman OSBWCCM International Newsletter 200012月号の

"Dearest Friends", pp. 6-7.から

 

微小なことごとの高潔、とブレイクが呼んだものは、受肉全体の神聖さです。言葉が肉となる時、信仰が愛の中で動き始め、与えられた約束が守られるのです。静止(動かずにいること)というのは気をはりつめている状態なのですが、静止は小さなことごとの無限の深淵を顕わにしてくれます。無限の世界へ小さなことごとから入っていく方が、常に何かより大きなもの、もっと大きなものを想像することによって入ろうとすることより、謙虚であるために、より直接的なのです。

 

気をはりつめていることが瞑想の本質なのです。私達の注意力がどれほど弱くあてにならないものであるかということは私たちみんなが知っている――というか、知っているはずのことです。だから私達は瞑想を私生活の日課の中に組み込んで、毎日実践する必要があるのです。注意力はそれについて考えたり、そうしようと意思したところで高まるものではありません。実践を通して初めて身につくものなのです。ジョン・メインは、現代人にとって、単純に毎日瞑想の鍛錬をすることがいかに大事であるかを強調してやみませんでしたが、それが今ほど賢明なことに思われ、また必要な時代はなかったのではと思われます。気をはりつめていますと心が純化され、世界が変わってまいります。苦悩にまみれた私たちにはそれが本当に必要なものですからよく理解できるのです。他人への深い思いやりが気をはりつめていることから生まれてくる最初の成果です。それは自己本位性の死から流れ出てくる命なのです。

 

ナザレにおける秘められた歳月の間、両親の愛を注ぎ込まれた世話(原文はattention「注意」と同じ単語)を受けて、イエスは「大きく強くなった」――これが各福音書に見られる唯一のイエスの肉体的記述です。もし私たちも霊的に成長しようとするならば、注意力を強化しなければなりませn。マントラそれ自体がこの、私達の存在の最奥の中心、私たちが注意を集中することができるところ、すなわち、そこから祈ることのできる最も深い場所において行なわれる忠誠と愛の行いとしての鍛錬を体現しているのです。この注意力の原点を絶え間なく深めていく以外にこの生活の中ではいかなる平安も見出しえないのです。注意を集中すること、それが祈りです。「私たちにはどのようにしてかはわかりませんが」御国の種子が生まれてくる不可知の隠された世界ばかりか、日々の生活の中の様々な決断や問題解決の中においてもそのことが現れています。だからキリストの生命によって希望と他人への深い思いやりの中で活力を与えられると、沈黙、静止、単直さが私達の日々の本当の要素となるのです。

 

すべての生命そして生命の進化と同様に受肉とはバランスに関することなのです。霊は生命の刃先です。それは無知と恐怖の結び目をきりほどく刃なのです、注意の集中によって研ぎ澄まされる刃なのです。注意を集中してマントラに耳を傾けていると、気を散じさせる思いや衝動の頻度も量も次第に減っていきます。そうしていると、エゴによって鈍らされてしまったものがふたたび研ぎ澄まされてくるのです。マントラを唱え、それを響かせ、さらに精査に、さらに微妙に、さらに心をこめて注意を集中させて聴くのです。そうすることで私達は、時間のどの一瞬にも、生命のどの細胞の中にも常に流れている聖霊のあの周波数に同調することができるのです。その沈黙と静止の中にこそ私達の力はあるのです。

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>>>>>>>30分間瞑想<<<<<<<

 

覚えていなさい:座りなさい。身動きせずに背筋をのばして座りなさい。軽く

眼を閉じなさい。リラックスして、しかし気を張り詰めて座りなさい。静か

に、胸の中で、ただ一つの言葉を言い始めなさい。私たちは祈りの言葉「マラ

ナタ」を薦めます。同じ長さの4音節として唱えなさい。自分で言いながら、

その音を聞きなさい。やさしく、しかしとだえることなく言い続けなさい。何

も考えたり想像したりしてはいけません――たとえ霊的なことであろうと、あ

るいはそうでなくても。いろいろな考えやイメージが浮かんできます。しかし

それらは流してしまいなさい。瞑想の最初から最後まで、ただひたすらあなた

の注意を、謙虚にそして単純に、自分の信仰の言葉を言うことに向けなさい

 

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瞑想の後で

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Willigis Jager, SEARCH FOR THE MEANING OF LIFE:

 

ESSAYS AND REFLECTIONS ON THE MYSTICAL EXPERIENCE (「神秘的体験についての随想」)(Liguori, MO: Triumph Books, 1995), p. 139.より

 

ある日、俗人が一休禅師に尋ねました。「老師、私のために最高智基本法則をいくつか書いてはいただけませんか。」一休はすぐ筆をとり、「注意力」(訳者弁解:きっともっと素晴らしい熟語に違いないのですが、今浮かびません。どなたかご存知でしたら、メール送ってください)と書いた。

 

「それだけですか」と男は尋ねる、「もう少し書いてくださいな。」

 

すると一休は、2つ続けて、「注意力、注意力」と書いた。

 

「ちょっと、老師、」男は苛立ちながら言った、「そりゃ、深くもすごくもないじゃないですか。」すると老師は3つ続けて書いた。「注意力、注意力、注意力」

 

むっとしながら、その男はI尋ねた。「で、その注意力って、どういうことなんですか。」

 

すると一休は静かに答えた。「注意力とは注意力のことじゃよ。」

 

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文書は色々な理由で繰り返されることがあります。)将来利用するためにハー

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Carla Cooper

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