The World Community for Christian Meditation
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Weekly Internet Medit@tion Group
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Weekly Readings ? April 8, 2001
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物理的には他の瞑想者達から離れているかもしれませんが、あなたは聖霊の中で彼らと結ばれています。毎朝そして毎晩、瞑想の時間を半時間とりなさい。できれば同じ静かな場所そして時間に座りつづけなさい。そうすることによって瞑想の時間が一日の自然な時間の流れの一部に組み込まれていくからです。時間をたっぷりと取りなさい、そして忠実にマントラを唱えなさい、そして私たちすべてを聖霊において一つのものとしている沈黙のネットワークに入りなさい。
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John Main OSB著、 “The Christian Crisis,” THE PRESENT CHRIST
(New York: Crossroad, 1991), pp. 76-78より抜粋
仮に、この内なる旅――心への旅、私達の中にいますキリストの臨在への旅のために私達に備えられている力に自分で限界を設けるようなことがあるとすれば、それは自分で自分を卑しめることです。この旅に必要な力は無尽蔵に与えられるものなのです。聖パウロが教えているとおり、「それは、イエスを死者の群れの中からよみがえらせた神の力に他なりません。」<略>この力はキリストの存在の根源において発揮されており、キリストの臨在は私たち人間存在の根源において見出されるものなのです。この神の力が生じせしめた変身――「復活の栄光」――は、人類全体の存在の最も深いところで成し遂げられたものなのです。私たち一人ひとりが、自分は魂の最も深いところで一度死に、キリストにあって新たなる命へとよみがえらせられているのだと認識しなければなりません。私達の実存の基本的な課題は、キリストの命に開かれて在るものとなることです。<略>キリストに対し、その深みにおいて開かれて在る中で注意を集中してはじめて、この命が創造全体の力である、創造主の力である、愛の力であるということに気づくのです。
この旅を、自己意識(七色に注意を散逸させるものそしてエゴの偏狭)から自己認識(私達の実在への参入についての明瞭で敷衍された知識)への旅ということができます。教会それ自身が、この意識の変質の特別なしるしであることが求められているのです。教会自体のイメージや、成功や、あるいは影響というものを越えて求められているのです。<略>教会は、この厳しい道へ、自己を越えてキリストの意識の中へと踏み出す勇気をもつ男たちや女たちによって活性化されてきたし、これからも常に活性化されていくのです。
瞑想の体験の中で私たち一人ひとりが学ばなければならないことは、この行脚に必要な力が事実として無尽蔵に私達の中にあるということです。信じて一歩を踏み出しさえすれば、自分の体験からそのことがわかるのです。心に刻んでおくべき大切なことは、どんなにつたないものであっても、実際に一歩を踏み出す方が、想像の世界で何回もその旅を演技することよりもはるかに価値があるということです。<略>
それで私たちは、その時の心配事や俗事のために、私たちがその中に生き、私達の存在がそこに根ざしている至高の実在を忘れないために、毎日、2回瞑想の時間を持つのです。忠実にそして純朴に、日々二度の瞑想の中でその行脚の道をたどる時、その流れが私たちを、時を越えて、すべての不一致を越えて、あらゆる限界を超えて、「今」の中へ、?神の無限の自由の中へ、私たちを運び込んでくれることがわかるのです。<略>キリストのメッセージの本質は、聖パウロが言うように「それは知識を越えるものではあるけれど」、この愛と、この力を悟ることにあります。だから私達は、私達の知識よりも大きな知をもってそれを悟らなければならないのです。なぜならそれは単なる人知の及ぶものではないからです。これをキリストの意識で知らなければなりません。<略>この力に向かって第一歩を踏み出すと、神の御国が不意に現れ始めます、私達の中で生まれ始めるのです。
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>>>>>>>30分間瞑想<<<<<<<
覚えていなさい:座りなさい。身動きせずに背筋をのばして座りなさい。軽く眼を閉じなさい。リラックスして、しかし気を張り詰めて座りなさい。静かに、胸の中で、ただ一つの言葉を言い始めなさい。私たちは祈りの言葉「マラナタ」を薦めます。同じ長さの4音節として唱えなさい。自分で言いながら、その音を聞きなさい。やさしく、しかしとだえることなく言い続けなさい。何も考えたり想像したりしてはいけません――たとえ霊的なことであろうと、あるいはそうでなくても。いろいろな考えやイメージが浮かんできます。しかしそれらは流してしまいなさい。瞑想の最初から最後まで、ただひたすらあなたの注意を、謙虚にそして単純に、自分の信仰の言葉を言うことに向けなさい
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瞑想の後で
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St John of the Cross著、 DARK NIGHT OF THE SOUL (New York: Image,
1959), Bk 2, Ch 13, pp. 142-143から抜粋
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気高い人であったマグダラのマリアがその場に居合わせた多数の男たちを、重要人物であれ、ごく普通の人であれ、まるで気にかけなかったのはこのためであった。また彼女は、一時間も遅らせることなく、あるいはさらに一季節待たずとも、自分の魂を傷つけ情熱の炎に火をつけたその人の愛を求めて手を差し伸べることができるならば、その客たちの間でさめざめと泣き、涙を流すことだって、品がないだとか、無作法にみえるだとか思うこともなかった。愛は彼女に酔いしれるほどの力を与え、大胆にする。その愛と大胆さで、マリアは、自分の愛する人は、封印をされた岩で閉ざされた墓に入れられ、その弟子たちが盗み去らぬようにと守る兵士達に囲まれていると知りながら、そんなこと一切おかまい無しに夜明け前に、その人の身体を清めるための膏薬を持って出かけていったのだ。
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Carla Cooper
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主の平安を
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