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ローレンス・フリーマン神父のメッセージです。取り急ぎの訳です。悪しからず。 親愛なるアメリカの友へ(日本時間2001年9月12日12時46分送信) このテロルとひどい悲しみの日、私はカリフォルニアはビッグ・スールの修道院での祈祷会を終えようとしています。海岸の崖の上から太平洋を見下ろすとても穏やかな場所です。ニューヨークそして全国で起こっている事態のニュースを受け取るにはまったく不釣合いな場所です。私は、世界キリスト教瞑想会のアメリカ以外の国々のメンバーを代表して、アメリカの瞑想会メンバーの皆さんにお悔やみと、そして少しばかりの慰めの言葉を送りたいと思います。 最近私は、ユダヤ人虐殺やその他の人間の犯した人道に反する悲劇を記念するロサンジェルスの「トレランス(忍耐)博物館を訪れました。虐殺の生々しい現実の中を歩くことは、非常に心乱される体験でした。収容キャンプの解放の写真を見ているうちに、私は一枚の写真の前で立ち止まりました。その写真には、健康的な若いアメリカ兵を乗せてゲートを入ろうとする一台のアメリカの戦車が写っていました。その若い兵士たちは、眼前に広がる光景を恐怖につつまれて見つめ、衰弱しきった生存者達を助けおこそうと手をさしのべていました。その写真は、アメリカの真実の強さと偉大さの象徴として私の胸を打ちましたし、以来胸に刻み込まれています。もちろんアメリカがその強さを用いる中で時に過ちを犯してきたことを否定することはばかげたことでしょう。しかしアメリカ国民がその国の歴史を通して貧しいもの達に、ホームレスに、そして抑圧される者達にさしのべてきたとても大きな寛大さを忘れるのはもっとひどい誤りです。何らかのグループがアメリカを悪魔の国と考えていることが、この、最新のそして最悪の非道、この盲目で愚かで邪悪な憎悪の背後にはあることでしょう。その打撃の下で動揺し、命を無くした罪のない人々をいたみ、そして今朝起こったことのためにこれからの人生の中で苦しむことになる人々のために胸を痛めている今こそ、私は皆さんに思い出していただきたいのです。アメリカとアメリカが象徴する不滅の理想を純粋に、そして深く愛する人々がいるということを。そしてその理想は、国民のものであり、したがって政治よりも高いところにあるものです。 この数日間私は当地で私達の時代の求める「新しい神聖さ」についてお話をさせていただいてきました。新しい流行とか霊性という意味ではなく、いつも、「神の不在」がもっとも酷く思われる時でさえ変わらずに、私達と共にいてくださるキリストと神の、永遠の新しさをより完全にそして広く解き放つものであるという意味で新しいということです。この新しい神聖さの第一の特徴は普遍性を明確に受容するところにあります。第2の特徴は孤独(これは私達が唯一の存在であるという意味で、さみしさのことではありません)――この体験なしには一つであること(一つになること)の体験はおこりません――です。 このように安全で平和な場所から今日の恐怖へと結び付けることは奇妙に思われますが、意味のあることでもあります。このあと間違いなく暴力と復讐への機運が高まることでしょうが、そういうときであればこそ、この迫り来る嵐の眼の中を、主の平安のもたらす力によって、愛という真理への信仰を生き抜かなければなりません。そうすることは深みがなければとうていかなわないことです。私達は命をなくされた方々のために、四肢を失われたり激しい精神的ショックを受けられた方々のために祈ります。そしてこの凶悪事件の犯人達のために祈ります。しかしそればかりではなく、抑圧者、被抑圧者を問わず、すべての人間に備わるあの普遍的な中心から、キリストの中にいます神という中心から、これらの人々と共に、さらに深く、そして効果的に祈るのです。今、この時においては、心の祈りこそが意味をなすただ一つの祈りの深みです。 キリスト教の中心には、罪あるところに恵みがあふれるというパラドックスがあります。どのようにそしてなぜその恵みが伝えられるかは神秘です。はっきりとしていることはそれが、一人一人の人間を通して、私達一人一人を通して起こるということです。これは。善意のすべての人がアメリカの経験を自分のものとする一日となるでしょう。 これはまた、平和の、癒しのそしてリニューアルの方法として同じ瞑想の道を歩む中で、ここそして世界中の私達の瞑想会コミュニティの働きの重要性をいつも以上に知ることができる日でもあります。私は、今月はずっとアメリカで祈祷会と講和を続けていきますが、その中で、皆さん方、アメリカのキリスト教瞑想会コミュニティが世界の瞑想会コミュニティの中で果たされる大きな役割をいつも以上に知ることができますことを感謝します。 Peace. 大いなる愛を込めて Laurence (Laurence Freeman OSB) |