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The World Community for Christian Meditation
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Weekly Internet Medit@tion Group
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Weekly Readings ?2001年9月23日
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物理的には他の瞑想者達から離れていても、聖霊の中で結ばれています。瞑想が一日の時間の流れの中に組み込まれるように、毎朝そして毎晩、同じ静かな場所、同じ時間に30分間瞑想しなさい。時間をたっぷりと取りなさい、そして忠実にマントラを唱えなさい、そして私たちすべてを聖霊において一つのものとしている沈黙のネットワークに入りなさい。
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John Main OSB著MOMENT OF CHRIST (New York: Continuum, 1998),
"Death and Resurrection," pp. 68-69.から抜粋
聖ベネディクトは修道僧たちに、「常に死を眼の前に置いておけ」と教えました。現代世界においてはあまり死について語ることはありません。しかしキリスト教の伝統は、いやしくも叡智を得ようとするならば、ここ地上には「永遠の都市」などはないという教訓を学ばなければならないと教えます。遠い昔の、そして今日の賢者達は語ります。命に焦点をあわせるためには死に焦点をあわせなければならないと。死について語ることは世俗の人々には理解しがたいことです。実際、世俗はまったく反対の観点から夢想します。死すべき定めにある人間の叡智ではなく、肉体の弱さの彼方に不死を夢想するのです。
しかし聖ベネディクトが象徴する伝統の叡智は、人間の肉体の弱さを知ると、霊的なもろさも見えると教えます。私達全員が非常に深い意識をもっています。あまりに深いのでほとんどずっと埋もれたままになっていることが多いものなのですが、私達には、命の豊かさ、そして命の源に接しなければならないという意識があります。私達は神の力に触れ、何とかして私達のもろい「現世の器」を、神の永遠の愛に、絶対に消えることのない愛に開いていかなければなりません。
瞑想は、力の道です。私たちが死ぬ定めにあることを悟らせてくれるからです。自分の死を見つめさせてくれるからです。それができるのは、瞑想が私たち自身の死を超える道だからです。それは私達の死を超え復活へ、新たな、そして永遠の命へ、神と一つになることによって生まれてくる命へといたる道なのです。キリストの福音の本質は、私達は今日只今、その体験へと招かれているということなのです。私達は皆、自分の尊大さに、自己中心主義に、自分の限界に対して死ぬよう招かれています。自分の排他性に対して死ぬよう招かれています。私達がこのすべてに招かれているのは、イエスが私達の眼の前で死に、死者の中からよみがえられたからです。死への招きは同時に、新たな命へ、コミュニティへ、コミュニオンへ、恐れを知らぬまったき生命へよみがえれという招きでもあるのです。多分、人々が何をもっとも恐れているのか、死なのか、あるいはよみがえりなのか、見極めることは難しいだろうと思います。しかし瞑想の中で、私達は恐れをなくします。なぜなら、死とは恐れに対して死ぬことであり、よみがえりとは、新たなる命へと上昇することだと悟るからです。
瞑想に座るたび、私達はこの死と復活の軸の中に入ります。それは瞑想の中で私達は自分自身の命を、そして命の限界を超えて、神の神秘の中へと立ち至るからなのです。そして私達は気づきます。一人一人が自分の経験から。神の神秘とは愛の神秘、無限の愛の、私達の恐れをすべて打ち払ってくれる愛の神秘であると。
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>>>>>>>30分間瞑想<<<<<<<
遵守事項:腰をおろしなさい。身動きせずに背筋をのばしなさい。軽く眼を閉じ、リラックスして、しかし気を張り詰めて座りなさい。静かに、胸の中で、ただ一つの言葉を言い始めなさい。私たちは祈りの言葉「マラナタ」を薦めます。同じ長さの4音節として唱えなさい。自分で言いながら、その音を聞きなさい。やさしく、しかしとだえることなく言い続けなさい。何も考えたり想像したりしてはいけません――たとえ霊的なことであろうと、あるいはそうでなくても。いろいろな考えやイメージが浮かんできます。しかしそれらは流してしまいなさい。瞑想の最初から最後まで、ただひたすらあなたの注意を、謙虚にそして単純に、自分の信仰の言葉を言うことに向けなさい
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瞑想の後で
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ローマの信徒への手紙14:7-23
私達の中には、だれ一人自分のために生きる人はなく、だれ一人自分のために死ぬ人もいません。私達は生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。したがって、生きるにしても死ぬにしても、私達は主のものです。
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この栞はあなたの個人的な使用のためだけに提供されています。(引用される文書は色々な理由で繰り返されることがあります。)将来利用するためにハードディスクに保存してもいいですし、別な機会に読んだり、他の人と共有するためにプリントするのもよいでしょう。
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Weekly Internet Meditation Group Leader
Carla Cooper
WCCM USA National Coordinator
Huston, Texas
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日本語のWeekly Readings (瞑想の栞)翻訳・監修責任者:
WCCM京都グループ 黒宮康明
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