The World Community for Christian Meditation +
Weekly Internet Medit@tion Group
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Weekly Readings 2001930
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物理的には他の瞑想者達から離れていても、聖霊の中で結ばれています。瞑想が一日の時間の流れの中に組み込まれるように、毎朝そして毎晩、同じ静かな場所、同じ時間に30分間瞑想しなさい。時間をたっぷりと取りなさい、そして忠実にマントラを唱えなさい、そして私たちすべてを聖霊において一つのものとしている沈黙のネットワークに入りなさい。
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John Main神父著 MOMENT OF CHRIST (New York: Continuum, 1998), "Smashing the Mirror," pp. 50-51.

原罪とは自意識、すなわちエゴイズムの過大な自己意識であるといって差し支えないと思う。というのも自意識は意識の分割をもたらすからだ。これは神と私達の間に鏡を置くことに似ている。鏡を見るたびに私達は自分を見る。瞑想の目的はその鏡を打ち砕き、自分自身を含めて、物事の、鏡に映し出される逆さまの映像を見なくてすむようにすることだ。瞑想の本質は天の御国を強襲して占領することである。鏡は粉砕されなければならない。イエスが、自分を捨てない限り誰も私に従うものとはなれないと言う時、イエスは自意識を、自分を鏡に映し出すことを克服することを語っているのだ。

この自意識があるからこそ、私達は全宇宙が自分を中心にまわっていると勘違いするのだということを理解し、この自意識にとらわれていることはぞっとすることだと結論付けるのにさほどの人生経験は必要ではない。ひょっとしたらそれが私達のほとんどを瞑想へとひき入れるのかもしれない。私達は、これから死ぬまで、そんな鏡を覗き込みあらゆるものを逆さまに見たいとはおもわない。私達は勇気を持って神の無限の神秘を見たいと願っている。しかし、初めて自意識が消えていくあの感覚を感じ始め、瞑想のあの深い沈黙の中へと入りはじめる時、私達は心を乱され怯えることがある。こういう時に私達は兄弟姉妹の支えを必要とするのだ。これが、私達の定例の瞑想会がとても重要な理由なのだ。私達は、聖パウロが私達に告げているように、信仰は、私達が心を開き、その鏡が完全に砕け散るまでたたきつづけた場合に限って、恵みとして与えられるものであることを認識する必要ある。私達はマントラでその鏡を[優しく]たたくのだ。

瞑想に受動的なところはまったくない。瞑想は、愛なる神としか表現しようのない、あらゆる現実のパワーの源へのオープンさをどんどん拡大し深めることである。このパワーの源と完全に一つになること、完全に響きあうことこそが私達の命の目的であり、招きなのである。自意識のない状態に立ち至った時、どんな成果が手に入るのだろうか。喜び、平安、自制、忍耐、忠誠、つまり聖パウロが霊の成果として語るすべてのものだ。これが、恵みと愛の中で、何の制約も受けずに自分自身となり、恐れ無しに命の贈り物を受け取ることができる存在の状態なのだ。

聖パウロはあの霊的贈り物のリストの中で忍耐に言及している。私達の一人一人が忍耐を学ばなければならないが、忍耐を鍛錬する道場として、どれほど進歩したのか、どんな結果になるかということにまるでこだわらず、これはただの行脚でしかないとはっきりと意識しながら、くる日もくる日も自分のマントラを喜んで忠実に唱えること程優れたものはない。仮に我々が行脚をしなければ我々はどこにもたどり着くことは出来ない。私達の招き、そして目的地はキリストの中にあることなのだ。

瞑想とは、神のあの「十全な力」に対して開かれていることである。瞑想は私達に、私達の前にたち現れるいかなるものに対しても、自分の力や自分の自意識からではなく、キリストの意識から立ち向かうことができると知っている者の自信を与えてくれるのだ。そのような意識は、私達の心の中のあらゆる鏡の向こう側に見つけられるものである。それは脅かすものではない。それはイエスキリストの優しい力なのだ。
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>>>>>>>30分間瞑想<<<<<<<
遵守事項:腰をおろしなさい。身動きせずに背筋をのばしなさい。軽く眼を閉じ、リラックスして、しかし気を張り詰めて座りなさい。静かに、胸の中で、ただ一つの言葉を言い始めなさい。私たちは祈りの言葉「マラナタ」を薦めます。同じ長さの4音節として唱えなさい。自分で言いながら、その音を聞きなさい。やさしく、しかしとだえることなく言い続けなさい。何も考えたり想像したりしてはいけません――たとえ霊的なことであろうと、あるいはそうでなくても。いろいろな考えやイメージが浮かんできます。しかしそれらは流してしまいなさい。瞑想の最初から最後まで、ただひたすらあなたの注意を、謙虚にそして単純に、自分の信仰の言葉を言うことに向けなさい
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瞑想の後で
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James Finley, THE CONTEMPLATIVE HEART, (Notre Dame, IN: Sorin Books, 2000), pp. 113-114.

瞑想をしていると私達は瞑想と争うようになる。瞑想にうちかつために私達に考えられる一切の手段を完全に出し尽くすまで戦いつづける。そして、すべてが失われたように思われる時、まったく通ることなど出来そうもないように思われた障壁を通過する道が、一つの悟りとともに見えてくる。その悟りとは、私達の無力さとは、「私達が望もうが望まなかろうが、私達の血の中を鼓動する」あの神秘と一つであることを、いかようにも崩すことが出来ないという無力さであることに気づくことである。

私達が探し求める神秘の慈愛深い性質とゆるぎなく一つであることを深く経験すればするほど、私達は、自分に対し、他者に対し、そしてすべての生き物に対し同情的にならざるを得ないのである。この同情的になれという衝動に従う中で、私達は、神の慈愛に満ちた性質と一つである私達の本当の性質に従う。私達は、すべての聖徒らの秘密、すべての人が深いとこでは既に知っている秘密、すなわち、すべてが語られ、なされた後は、愛、そして愛の中で与えられるもののみが実在するという秘密へと目覚めるのだ。
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Weekly Internet Meditation Group Leader
Carla Cooper
WCCM USA National Coordinator
Huston, Texas
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日本語のWeekly Readings (瞑想の栞)翻訳・監修責任者
WCCM京都グループ 黒宮康明
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