The World Community for Christian Meditation +

Weekly Internet Medit@tion Group

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Weekly Readings ?200199

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物理的には他の瞑想者達から離れていても、聖霊の中で結ばれています。瞑想が一日の時間の流れの中に組み込まれるように、毎朝そして毎晩、同じ静かな場所、同じ時間に30分間瞑想しなさい。時間をたっぷりと取りなさい、そして忠実にマントラを唱えなさい、そして私たちすべてを聖霊において一つのものとしている沈黙のネットワークに入りなさい。

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Laurence Freeman OSBLIGHT WITHIN (New York: Crossroad, 1989), pp. 39-41.  "Choosing Life"より抜粋

私達は思っている以上に、自分の問題、自分に限界を設けるものがすきだし、必要以上に労苦や自分の担っている十字架に愛着すら感じているものです。苦しみや十字架というものは手放すことができないものだ、そして自分がどこへ行こうとも必ず運んでいくもののように思われます。しかし、あの境界線を越えた時には、そういうものを手放してしまいます。そして私達の生命は、ちょうど私達の生存能力が、究極的には、私達の抱えている問題によっては制限を受けることがないのと同じように、その境界線によって制約を受けることはないのだということに気づきます。しかしその一歩を踏み出すには勇気が必要です。もっとも単純な言葉を使えば、それは存在する勇気です。贈り物を受け容れる勇気です。贈り物を受け取るのに勇気が必要だなんてばかげているように思われます。しかし、それは当たり前と言えます。なぜなら、この贈り物を受け取ると自分自身を失うことになるからです。存在という贈り物を受け容れることによって私達は自分を超越するのです。

これはまったく当たり前のように響きますし、事実そうです。しかし、これは限界の中に在ることの混乱、罪の中にあることの複雑さによって私達には見えにくくなるものなのです。こんなにも明瞭なものでありながら、それでいてなおめったに垣間見ることすらないものです。しかしほんの一瞬なりとも垣間見えたものは、暗闇の中の閃光のようです。それは私達を導いてくれるのですが、私達はそれにつき従っていく勇気をもたなければなりません。暗闇にすっかり閉ざされている中を、その光を信じ、それに従っていく勇気をもたなければなりません。それもまた私達は瞑想から学ぶのです。とても簡単に思われますが、すぐに実は逆だとわかります。実は私達がなさねばならぬ最も過酷な課題なのです。それは避けては通れないものなのです。それは直接的なチャレンジですが、それは愛のチャレンジ、神を知り、神に知っていただくチャレンジなのです。それは自分の存在の意味、そして本来の自分を作り上げていくあのチャレンジなのです。だからそれを避けることは無意味な存在に堕し、自分らしさを失うことになるのです。

瞑想を始めたばかりの人々にはこのチャレンジが大きすぎると思われることがしばしばあります。自分自身を超越するなど私達にはとうていかなわないことのように思われますが、実は、当然ながら、それはどうしてもたどり着かねばならない絶対不可欠な洞察なのです。その洞察無しには私達は自分の創出する幻影の中にとどまり、自分で自分を贖ってしまうのです。私達は、原初の高慢、原罪の状態にいるのです。もし本当にクリスチャンとされようと思うならば、私達は自分の限界、不十分さを理解し、受け容れなければなりません。謙虚であれば、それだけいっそう存在していることという贈り物に、そして生きている一瞬一瞬に感謝することができるようになります。それは、こういった贈り物に応えることができるように私達に与えられているのです。私達の命の長さがどういうものであれ、応答する時間はそれだけしか与えられていないのです。それだからこそ人生は切迫したものとなるのです。すべての福音書を言い表す一語があるとすれば、それは「緊急性(切迫性)」でしょう。無駄にできる時間などないのです。すべての福音書が語ります。完全に生きなさいという招きに今応えなければ、私達の能力は制約されたままです。応えることができれば、私達の能力は潜在的には無限です。単純にそれを信じるか否かという問題となります。おそらく最悪の状態は半信仰でしょう。その違いは、制約するものとして、あるいは失望させるものとして人生を生きるか、あるいは聖ヨハネの言うような永遠の命として人生を経験するかの違いとも言えます。そして聖ヨハネは永遠の命とは「死後の生命」を意味するのではないと言っています。

永遠の命−すなわち限界をもたない生命のあの特質−とはイエスキリストを、そしてイエスを送りたもうたあのお方を知ることです。これが瞑想の目的なのです。すなわちこの人をしるということが、、、、。私達は、ふだん、誰かと知り合いになるように、この人を知るようになります。注意を払い、考えを自分自身から離し、相手がいることを許し、私たち自身の問題を横に置くことでその人を知るようになるのです。<略>私達の自由は、自由の贈り物を受け容れない限り重荷でしかありません。その贈り物は無償で提供されていますが、私達もまったく自由にそれを受け容れることを選んだのです。マントラがその選択なのです。それを唱えるたびに私達は選んでいます。そして、私達の魂の深みの中で私達の全存在をかけて選ぶのです。私達は生きることを選ぶ、キリストの命の中で生きることを選ぶのです。

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>>>>>>>30分間瞑想<<<<<<<

遵守事項:腰をおろしなさい。身動きせずに背筋をのばしなさい。軽く眼を閉じ、リラックスして、しかし気を張り詰めて座りなさい。静かに、胸の中で、ただ一つの言葉を言い始めなさい。私たちは祈りの言葉「マラナタ」を薦めます。同じ長さの4音節として唱えなさい。自分で言いながら、その音を聞きなさい。やさしく、しかしとだえることなく言い続けなさい。何も考えたり想像したりしてはいけません――たとえ霊的なことであろうと、あるいはそうでなくても。いろいろな考えやイメージが浮かんできます。しかしそれらは流してしまいなさい。瞑想の最初から最後まで、ただひたすらあなたの注意を、謙虚にそして単純に、自分の信仰の言葉を言うことに向けなさい

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瞑想の後で
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Oliver Clement,THE ROOTS OF CHRISTIAN MYSTICISM  (London: New City, 1995), pp. 24, 57.)から抜粋

それで神はご自身を与え、姿を表したいと願うのだが、私達に強いるようなことはされない。神の力は愛の力であり、愛は、愛されるものの自由を望む。神は話されるが同時に沈黙を守られる。ドアをノックし、待つ。すべては、信仰という王者の自由に委ねられている。すべては私達の決定次第なのだ。<略>キリストが私達の自由を確保してくださっている。<略>聖霊の中で、キリストはすべての人の横を歩いておられる。しかし待っておられるのだ、愛の信仰の応答を、そうだちょうどマリアのそれのような、それによって私達の自由が解き放たれる応答を。

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この栞はあなたの個人的な使用のためだけに提供されています。(引用される文書は色々な理由で繰り返されることがあります。)将来利用するためにハードディスクに保存してもいいですし、別な機会に読んだり、他の人と共有するためにプリントするのもよいでしょう。

 

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Weekly Internet Meditation Group Leader

Carla Cooper

WCCM USA National Coordinator

Huston, Texas

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