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Weekly Readings -- December 16, 2001
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物理的には他の瞑想者たちと隔たっているとしても、聖霊の中で一つとされている。毎朝、毎晩、瞑想のために30分間時間を取りなさい。可能であれば、同じ時間、同じ静かな場所で瞑想しなさい。瞑想が自分の一日の自然な一部になるからです。時間は十分に取りなさい。マントラを忠実に唱えなさい。そして聖霊の中で私達すべてを一つにする沈黙のネットワークの中に入りなさい。
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A selection from Laurence Freeman OSB, " Letter Four" THE WEB OF SILENCE
(London: Dartman, Longman & Todd, 1996).

沈黙には浄化作用があります。沈黙は私達を真実の性質へと戻し、不自然の反流を逆転させてくれます。迷想の中で真実の性質をとりもどすということは、瞑想することで、私達の性質の基本的な必要を満たす術を身に付けるということを意味します。「必要を満たす(原文はmeeting our needs直訳は「必要に出会う、必要に満たす」ローレンス・フリーマンは、こういう英語表現の英語における多義性の中で遊ぶ傾向が強く、訳者泣かせのところがあります)というのは、まず最初に必要に出会う、つまり遭遇し、それからそれを満たしていくという意味で使っています。自分の必要というものは、まずそれと完全に向き合い、そして受け容れた後でなければ、罪悪感や、自己拒絶の感情が先走ってなかなか認めがたいものです。この必要とは、健全、幸福、そして平安というような人間の必要であって、決して抽象的なものではありません。また欲求でもありません。沈黙の中でそれらは、私達の性質の中の現実の過程として体験され、そして受け容れられるものなのです。ジョン・メインは、瞑想は自分の信仰の真理を確認するのに力をかしてくれると言いました。沈黙の中で私達は、必要と欲求のきちんとした識別ができるようになり、そして自分自身との直接的で調和の取れた、二重性から自由な関係の中に再び入ることができるのです。この時、唯一犠牲者となるのは、私達が想像していた自我のまぼろしと、そのまぼろしの自我が抱いていた恐れと幻影だけです。

 

瞑想をしていると、今日働いている不自然な力がの存在が強く感じとられるようになります。戦争、民族的、宗教的復讐劇、無知な人々の搾取、倒錯への埋没、暴力崇拝こういうものの影響をまったく受けない人はひとりもいませんが、しかし、若者が最も影響を受けやすいのです。自然な必要からのこのような逸脱に対して、単なる罰や抑圧の力によって対処できると考える社会は、大きな破局に向って突き進んでいる社会です。

 

精神的に無限の、そして慈愛に満ちた私達の本来の性質からの疎外の中にあるものは、もう一度それがどういうものであったかをばない限りその疎外から脱却することはできません。自然への回帰というのは、決して田園を散歩することを意味しませんが、それはそういう肉体の運動と同じ程度に激しいものであり、また気分を一新してくれるものです。瞑想は、死と堕落に対するデカダンな執着ではなく、生きることへの健全な食欲を回復させてくれます。それは、聖者達の生命への愛の中に、また聖者たちは退屈と無縁のものであるということの中に見て取れます。沈黙のもうひとつの作用は、私達は自然なるものの中に喜びを見出すものとならなければならないことを思い出させてくれることです。肉体的なものであれ精神的なものであれ自分の本来の性質(nature)と調和がとれていなければ、あらゆる自然(nature)の著者である神へと目覚めることはできないのです。

 

神は自然――すなわち単純に在るもの――であり、同時に自然から自由なものです。それゆえに、私達の意識を反映し、自分の本当の性質を写し、かつ神の意識の一部を帯びて、神の似姿につくられた本当の自分の性質を見出すことで、私達は平安と、そして自由の両方を体験するのです。平安は、私達の性質そのものが神に根を持つものであり、神と同じ実在をもつものであるという確かな知識からうまれてきます。それは、決して私達を拒絶したり、勘当したりすることがないと分かっているものに帰属することがもたらす、あの万能の力を与えてくれる平安なのです。愛の自信なのです。自由は超越の、自分が帰属しているものが自分に帰属していると分かっていることの喜びから湧き上がってくるのです。

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分間瞑想 <<<<<

覚えておきなさい。腰をおろし、背筋をピンと伸ばして身動きせずに座りなさい。眼を軽く閉じ、体をリラックさせて、しかし心はとぎすませて座りなさい。声を出さずに、心の中で、一つの単語を唱え始めなさい。私達は「マラナタ」という祈りの言葉を薦めます。同じ長さの4音節としてそれを繰り返しなさい。自分の唱えるその言葉に耳を傾けなさい。マラナタは、そっと絶え間なしに唱え続けなさい。何も考えたり、想像したりしてはいけません。霊的なことであろうと俗的なことであろうとです。色々な考えやイメージが浮かんできますが、それらは過ぎるに任せなさい。最初から最後まで、ただ自分の注意を謙虚に飾り気なしに、自分の選んだ言葉を信仰のうちに唱えることへ戻しつづけなさい。
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瞑想の後で
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A selection from the Shvetashvatura Upanishad, tr. By E. Easwaran (Tomales,
CA; Nilgiri Press, 1987), p. 223.

あらゆる生き物の心の中に住まう

遍在なる愛の主が

満身慈悲に、すべての顔を自身にむける

 

彼こそが至高なる主、その恵みのなかで

私たちに心の中に彼の姿を探し求めさせて下さる

彼こそが永遠に輝く光だ。

 

かれこそがすべての人の内なる自我だ

心の中の小さなほのおのように隠されていて、

静止した心にしか知られることのないものなのだ。

 

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この栞はあなたの個人的な使用のためだけに提供されています。(引用される文書は色々な理由で繰り返されることがあります。)将来利用するためにハードディスクに保存してもいいですし、別な機会に読んだり、他の人と共有するためにプリントするのもよいでしょう。

 

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