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The World Community for Christian Meditation
+ [2001年12月30日はジョン神父の19回目の召天記念祭です] 霊的な旅に出かけるというと人間であることをやめなければならないと思うかもしれません。しかし実はそうではなく、それは人間としての完成を意味するのです。つまりこの命の延長線上にあることなのです。したがって、超越の経験は、自分で作り出したり、自分の予定表の中に組み込んだりできるものではありません。第一に、それは純粋に贈り物だからです。そして第2に本質的にそれは私たちの全人的関与が必要なものであり、超然とした観察者としてその体験を外から好奇の目で見つめている自分が残っていることなどありえないからです。その経験は、事物の本性の中で、すなわち私たちの本性の中で起こるのです。 御国のたとえ話は、この経験の本質が自然な成長であることを示しています。小さな辛子種が成長すると、鳥たちがその枝の中に巣を作るほど大きくなるのです。しかしその成長を早めたり遅らせたりしようとすることは馬鹿げていますし非生産的でもあります。私たちが、瞑想の旅路をたどりながら、心の中の御国の成長を体験するときも同じことなのです。私たちは、日一日とエゴの殻を落としながら、自分に対して死んでいくことで、辛子種のように、自分の宿命を全うし、自分であることの本当の意味にいたるのです。<略>それは、修道会、いや実はすべてのキリスト者の社会が根付き、神の愛に満ち、発展していく時もまったく同じことなのです。キリスト教の考えは、これまでも常に、自然な成長、すなわち自然の上に恵みが築き上げられていく過程を大切にしてきました。というのも、すべての人間の成長が、今やキリストにあって一つとされ、キリストがかちとった無限の達成に与るものとなっているからです。完全に成熟したキリストの神秘は無限の成長です。その神秘は、聖パウロが書いているように、あなたのうちにあるキリストなのです。 クリスチャンの経験の自然な過程を見れば、なぜキリスト教が超越的なものであると同時に受肉的なものであるかがわかります。そしてこれが、キリスト者の社会が、完全に自然に人間的なものでありながら、同時に超越の体験を実現し、顕にするものであるのかの理由なのです。実際、それが人間的なものであるから、キリスト者の社会は理想ではなく現実に関心を持つのです。それが完全に明らかになったとき、私たちはこの現実、すなわち愛の現実が神であると、神の存在の神秘であると知るのです。しかし私たちはまず、それを人間的啓示の中で、つまり私たちが他人に抱く愛と、そして他人が私たちに示してくれる愛によって経験し始めるのです。このことに関しては、抽象化も概括化も一切ありません。その意味するところは、この兄弟が、あるいはこの姉妹が神の愛の宮であるということ、そしてその兄姉は、誘惑に対してもろいところがあるからとか、あるいは信仰が厚いからとかいうばかりではなく、まさにこの創造の神秘の故に、愛し、尊重されなければならないのだということを認識することを意味します。この認識を得る中で私たちは、一個の人間であるということの神秘、すなわち神の愛の中では、かけがえのない、限りなく大切な存在であるということを知るのです。<略> この修道会を訪ねてくる人々は、多くの場合、あまりはっきりとした動機を持ってはいません。この霊の旅路ははじめなければならない、その召しは、免れようもなく、また払いのけようもなく確実に感じてはいる、しかしどこからその旅路をたどり始めればよいのか、あるいはどうやって、そういうことは、まるでわかっていない場合があります。だから彼らは、最初とても驚くことが多いのです。彼らは、その時まで自分たちが思い描いていた形で神に出会うだろうと思っているのです。しかし実際に出会うのは、自分自身なのです。それも、認められ、理解され、理屈抜きに愛されている自分を。これを経験すると、彼らはまったく異なるものを予期し始めます。もはや、自分の想像する神を探さなくなるのです。もうすでに思考や想像を越えるものであると知っている神の現在(臨在)の中で彼ら自身が広がり始めます。捜し求めていたがために、かえって自分自身の中に閉じ込められ何もみえなくなってしまい、様々な像の持つ限界の中に縛り付けられていたのだということに気づき始めます。そして、それまでの思い込みの中では思いもよらぬほどすばらしいことに、神が自分たちを探していてくださるということに気づくのです。ただじっと静止し、そこにいさえすればよいのです。 _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ A selection from Laurence Freeman OSB, "Magic
and Mystery of Christmas," letter
to
the WCCM community, December 27, 2001. _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/ _/
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