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Weekly Readings -- December 29, 2001
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物理的には他の瞑想者たちと隔たっているとしても、聖霊の中で一つとされている。毎朝、毎晩、瞑想のために30分間時間を取りなさい。可能であれば、同じ時間、同じ静かな場所で瞑想しなさい。瞑想が自分の一日の自然な一部になるからです。時間は十分に取りなさい。マントラを忠実に唱えなさい。そして聖霊の中で私達すべてを一つにする沈黙のネットワークの中に入りなさい。
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[20011230日はジョン神父の19回目の召天記念祭です]

From John Main OSB, "Letter Five" (December 1978), LETTERS FROM THE HEART (New York: Crossroad, 1988), pp. 70-73.

霊的な旅に出かけるというと人間であることをやめなければならないと思うかもしれません。しかし実はそうではなく、それは人間としての完成を意味するのです。つまりこの命の延長線上にあることなのです。したがって、超越の経験は、自分で作り出したり、自分の予定表の中に組み込んだりできるものではありません。第一に、それは純粋に贈り物だからです。そして第2に本質的にそれは私たちの全人的関与が必要なものであり、超然とした観察者としてその体験を外から好奇の目で見つめている自分が残っていることなどありえないからです。その経験は、事物の本性の中で、すなわち私たちの本性の中で起こるのです。

 

御国のたとえ話は、この経験の本質が自然な成長であることを示しています。小さな辛子種が成長すると、鳥たちがその枝の中に巣を作るほど大きくなるのです。しかしその成長を早めたり遅らせたりしようとすることは馬鹿げていますし非生産的でもあります。私たちが、瞑想の旅路をたどりながら、心の中の御国の成長を体験するときも同じことなのです。私たちは、日一日とエゴの殻を落としながら、自分に対して死んでいくことで、辛子種のように、自分の宿命を全うし、自分であることの本当の意味にいたるのです。<略>それは、修道会、いや実はすべてのキリスト者の社会が根付き、神の愛に満ち、発展していく時もまったく同じことなのです。キリスト教の考えは、これまでも常に、自然な成長、すなわち自然の上に恵みが築き上げられていく過程を大切にしてきました。というのも、すべての人間の成長が、今やキリストにあって一つとされ、キリストがかちとった無限の達成に与るものとなっているからです。完全に成熟したキリストの神秘は無限の成長です。その神秘は、聖パウロが書いているように、あなたのうちにあるキリストなのです。

 

クリスチャンの経験の自然な過程を見れば、なぜキリスト教が超越的なものであると同時に受肉的なものであるかがわかります。そしてこれが、キリスト者の社会が、完全に自然に人間的なものでありながら、同時に超越の体験を実現し、顕にするものであるのかの理由なのです。実際、それが人間的なものであるから、キリスト者の社会は理想ではなく現実に関心を持つのです。それが完全に明らかになったとき、私たちはこの現実、すなわち愛の現実が神であると、神の存在の神秘であると知るのです。しかし私たちはまず、それを人間的啓示の中で、つまり私たちが他人に抱く愛と、そして他人が私たちに示してくれる愛によって経験し始めるのです。このことに関しては、抽象化も概括化も一切ありません。その意味するところは、この兄弟が、あるいはこの姉妹が神の愛の宮であるということ、そしてその兄姉は、誘惑に対してもろいところがあるからとか、あるいは信仰が厚いからとかいうばかりではなく、まさにこの創造の神秘の故に、愛し、尊重されなければならないのだということを認識することを意味します。この認識を得る中で私たちは、一個の人間であるということの神秘、すなわち神の愛の中では、かけがえのない、限りなく大切な存在であるということを知るのです。<略>

 

この修道会を訪ねてくる人々は、多くの場合、あまりはっきりとした動機を持ってはいません。この霊の旅路ははじめなければならない、その召しは、免れようもなく、また払いのけようもなく確実に感じてはいる、しかしどこからその旅路をたどり始めればよいのか、あるいはどうやって、そういうことは、まるでわかっていない場合があります。だから彼らは、最初とても驚くことが多いのです。彼らは、その時まで自分たちが思い描いていた形で神に出会うだろうと思っているのです。しかし実際に出会うのは、自分自身なのです。それも、認められ、理解され、理屈抜きに愛されている自分を。これを経験すると、彼らはまったく異なるものを予期し始めます。もはや、自分の想像する神を探さなくなるのです。もうすでに思考や想像を越えるものであると知っている神の現在(臨在)の中で彼ら自身が広がり始めます。捜し求めていたがために、かえって自分自身の中に閉じ込められ何もみえなくなってしまい、様々な像の持つ限界の中に縛り付けられていたのだということに気づき始めます。そして、それまでの思い込みの中では思いもよらぬほどすばらしいことに、神が自分たちを探していてくださるということに気づくのです。ただじっと静止し、そこにいさえすればよいのです。

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覚えておきなさい。腰をおろし、背筋をピンと伸ばして身動きせずに座りなさい。眼を軽く閉じ、体をリラックさせて、しかし心はとぎすませて座りなさい。声を出さずに、心の中で、一つの単語を唱え始めなさい。私達は「マラナタ」という祈りの言葉を薦めます。同じ長さの4音節としてそれを繰り返しなさい。自分の唱えるその言葉に耳を傾けなさい。マラナタは、そっと絶え間なしに唱え続けなさい。何も考えたり、想像したりしてはいけません。霊的なことであろうと俗的なことであろうとです。色々な考えやイメージが浮かんできますが、それらは過ぎるに任せなさい。最初から最後まで、ただ自分の注意を謙虚に飾り気なしに、自分の選んだ言葉を信仰のうちに唱えることへ戻しつづけなさい。
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瞑想の後で
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A selection from Laurence Freeman OSB, "Magic and Mystery of Christmas," letter to the WCCM community, December 27, 2001.

もしこれが贈り物であるとするならば、いったい私たちはどんなお返しができるのでしょう。この問いに直面する時、キリスト者としてのあり方が根源的に問われているのです。「主からいただいたすべてに対していったい私は何をお返しできるのだろうか。」そう問い掛ける中で、私たちはクリスマスのもっとも深い神秘に導かれていきます。もし神が人になったのなら、人間が神になることも可能なのだ。それが私たちがお返しに差し上げるものなのです。つまり自分自身です。人間として、愛し、自分自身とそして互いと和解し神にすべてをささげた自分自身です。私たちはその贈り物を完全に受け取ればよいのです。キリスト者の一年のサイクルのすべての神秘と同じように、何を祝っているのかがわかれば、私たちの瞑想の祈りも深まるし、また瞑想の祈りは私たちの神秘の理解が深まればさらに深まるのです。ジョン神父がかつて言いました、「瞑想とは、自分の存在という贈り物を受け容れることだ。」

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この栞はあなたの個人的な使用のためだけに提供されています。(引用される文書は色々な理由で繰り返されることがあります。)将来利用するためにハードディスクに保存してもいいですし、別な機会に読んだり、他の人と共有するためにプリントするのもよいでしょう。

 

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