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Weekly Internet Medit@tion Group

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Weekly Readings –2001年10月28日

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物理的には他の瞑想者達から離れていても、聖霊の中で結ばれています。瞑想が一日の時間の流れの中に組み込まれるように、毎朝そして毎晩、同じ静かな場所、同じ時間に30分間瞑想しなさい。時間をたっぷりと取りなさい、そして忠実にマントラを唱えなさい、そして私たちすべてを聖霊において一つのものとしている沈黙のネットワークに入りなさい。

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Laurence Freeman OSB. 著WCCM International Newsletter, Winter 2001.から

 

争っている時や恐怖におののいている時には心の内なる平安は見つけがたいものです。精神と感情がかき乱されている時にじっと静止して座ることはなかなかできません。そんな時には瞑想をやめてしまうことはたやすいことですが、実はそんな時こそ瞑想がもっとも必要とされているのです。だから瞑想というものが自分だけのためのものではないということを理解することが有益です。もし仮に瞑想が自分のためだけのものであるとすれば、私たちは単に宗教的消費者というに過ぎません。瞑想の意味は、その成果、特に他者への愛と奉仕の中に見出されます。自らのうちに平安を持つと、私たちは深い思いやり同情の中で他者のところに出向いてまいります。そういう心がない時に出向いていくとすれば、それはすべて自分の欲望や怒り、そして競争心に突き動かされてのことです。神は私達の隣人の恐怖を追い払う愛です。自分の中にあるその愛と本当に出会った後は、決して隣人に危害を加えることなどありえないからです。自己知識は私たちに人間の個性(ユニークさ)の神秘、すなわち多様性の中の一致の神秘を開いてくれます。自分自身の独自な個性をはっきりと認識し、自分のものとしない限り、私たちは普遍的なるものについて語ることなど絶対にできません。自己中心主義の監獄に閉じ込められたままでいます。自分自身が聖なるものであることに気づかない限り、自分の存在がそこにおかれている、したがってまことに真実なる意味において自分が帰属している全体を知るなどということはありえません。(聖職権主義の)大きな誤り(そして罪)は、自己知識に至る前に普遍的なるものを把握したふりをすることです。普遍的なるものを把握しようとすること、それを語ろうとすること、それを支配しようとすること、これはすべて、自分はまだ普遍的なるものによって掴んでもらっていないことを示しているのです。

 

「普遍」とは何を意味するのでしょうか。イエスはそれを、存在するすべてのものの上にあまねく自らを与える神の愛の性質と表現しました。それは、神は人間の道徳を超えているということを意味しています。神は、決して他者を敵として私たちの側で戦うということはありません。雨のごとく、神の愛は無垢なるものの上にも邪悪なるものの上にも注がれているのです。それは、神の正義は公正であろうとする人間の試みの一切を超えているということを意味しています。一つの愛が、迫害者と被害者をひとつに結んでいるのです。まず私たちは、この普遍性を、それが私たちに迫ってくるがままに経験する必要があります。そうすれば、エゴは少しずつ削られていきます。私たちは単純になることができます。その普遍性が、私達の最も深い中心を通して私達の存在全体の中に注ぎ込む時、私達は生活の複雑さの上に出ることができます。そうなって初めて私達は本当に目覚めているといえるのです。その時、発見と祝宴という双児性の人間の冒険が始まるのです。同じ愛があらゆるところにあり、すべてを包んでいることを発見します。私たちが未だに愛することができずにいる者たちをも。そして私達は、少なくともその者たちが愛の対象たりうることはわかるようになります。私達はまた祝います。恋する者だけが見ることができる心を酔わせるような美しさを喜びます。そうなって初めて私達は、自分と、そして世界と和解をしたと言えるのです。

 

悪を根こそぎにし、破壊することによっては平和は達成されません。怒り、誇り、貪欲、情欲といった自分の悪徳を意識すると、そういうものを破壊しようとする試みは、容易に自己嫌悪へと落ち込んでいきます。いろいろ言ったところで、自分自身を愛することができないとすれば、どうして他者を愛することなどできるでしょうか。自分の欠点をつぶすよりも、忍耐強く美徳を植え付けようとすることの方が優れたことです。確かに時間もかかれば、劇的でもありませんが、はるかに効果的なのです。そして宗教的偽善と独善性を避けることによって、それはより人当たりのよい人間性を作り出してくれます。あらゆる私達の欠点、すなわち悪を働く能力の中に、多くの美徳の種子が隠されてあるのです。テロリストは、怒りと、自分は神の怒りの道具であるという妄想にとらわれるまでは、正義の種子を持っていたかもしれないのです。自分との戦争を行う時(最も偉大なる宗教的狂信主義者の多くは自己否定的です)、自分自身の美徳の種子を破壊するという巨大な副次的ダメージの危険を冒すことになります。あらゆる種類の暴力は、世界から未だ日の目の見ていない善を奪うがゆえに、人間性に対する犯罪です。やがて悪徳を圧倒することになる美徳を植え付ける最初の一歩は、深くそして規則正しい祈りという根本的な美徳を確立することです。この祈りの沈黙のリズムがゆっくりと私達の心と世界に浸透していきます。知恵は邪悪から善を引き出す普遍的な力です。知恵の書にあるとおり、「世の救いの希望は、知恵者の数の多さにある」のです。知恵者は自己知識と自己執着の違いを、感情超越と心の硬さとの、善導と残酷の違いを知っています。知恵には法則はありません。法則が普遍的であることは決してありません。しかし、美徳は普遍的です。

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>>>>>>>30分間瞑想<<<<<<<

 

遵守事項:腰をおろしなさい。身動きせずに背筋をのばしなさい。軽く眼を閉じ、リラックスして、しかし気を張り詰めて座りなさい。静かに、胸の中で、ただ一つの言葉を言い始めなさい。私たちは祈りの言葉「マラナタ」を薦めます。同じ長さの4音節として唱えなさい。自分で言いながら、その音を聞きなさい。やさしく、しかしとだえることなく言い続けなさい。何も考えたり想像したりしてはいけません――たとえ霊的なことであろうと、あるいはそうでなくても。いろいろな考えやイメージが浮かんできます。しかしそれらは流してしまいなさい。瞑想の最初から最後まで、ただひたすらあなたの注意を、謙虚にそして単純に、自分の信仰の言葉を言うことに向けなさい

 

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瞑想の後で

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Christian Community Bible (Quezon City, Philippines: Claretian Publications, 1997), p. 925.知恵の書8: 21-29 (訳注:と原文にはあるが、日本の新共同訳では7:21-30に相当する部分である。訳文は、上記英語訳聖書の表現により近い、フランシスコ会聖書研究所のものを使用した。)

 

見えないものも見えるものもすべて、わたしは知るようになった。万物の造り手である知恵がわたしに教えてくれたから。

 

知恵には神聖でそう明な霊がある。また、それは唯一、多様、微妙であり、敏しょう、明敏で、汚れなく、確かで、苦しみを与えず、善を愛し、鋭く、何ものにも阻まれず、恵み深く、情けがあり、堅固、安全で、憂いがなく、何でもでき、なんでも見張り、どんなそう明な、清い、最も微妙な霊にも行きわたる。

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この栞はあなたの個人的な使用のためだけに提供されています。(引用される文書は色々な理由で繰り返されることがあります。)将来利用するためにハードディスクに保存してもいいですし、別な機会に読んだり、他の人と共有するためにプリントするのもよいでしょう。

 

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Weekly Internet Meditation Group Leader

Carla Cooper

WCCM USA National Coordinator

Huston, Texas

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WCCM京都グループ 黒宮康明

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