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Weekly Internet Medit@tion Group

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Weekly Readings –April 22, 2001

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物理的には他の瞑想者達から離れているかもしれませんが、あなたは聖霊の中で彼らと結ばれています。毎朝そして毎晩、瞑想の時間を半時間とりなさい。できれば同じ静かな場所そして時間に座りつづけなさい。そうすることによって瞑想の時間が一日の自然な時間の流れの一部に組み込まれていくからです。時間をたっぷりと取りなさい、そして忠実にマントラを唱えなさい、そして私たちすべてを聖霊において一つのものとしている沈黙のネットワークに入りなさい。

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Laurence Freeman OSB, “Hope,” THE SELFLESS SELF (London: Darton, Longman, Todd, 1989), pp.152-54から抜粋

 

希望は、深い祈りから生じてくる徳のひとつです。自分から神へ、自分とは「異なる」存在でありながら、自分の家族やあるいは他のどんな人間などよりも著しく似通っている神へと向かうのは深い祈りの中での事なのです。希望というのは、完全にくつろぎたいという強い願望なのです。それは人間存在のもっとも強い切望です。「徳」(virtue)という言葉は「力・効能」を意味します。希望の「力」は精神(小文字のspirit)の強さです。しかし徳が高いということは、正しいことをする、立派な人だということだけを意味するのではありません。徳が高いということは御霊(大文字the Spirit)の中にあって強い、御霊の力という賜物を受け入れていることを意味します。それがあるから耐え忍ぶことができ、成長もし、忠実で、愛情深く、そして希望をもち続けることができる力は、自分が神に似ていることに気づくことから生まれてくるのです。人間は、多くの場合に自分ではすぐには気づかぬようなところで力をつけていきます<略>。私たちは、自分が実際に強くなっているところが見えない場合があるのです。

 

希望は沈黙の徳です。聖パウロが言うように行いすなわち「はたらき」の中に示されるものではありません。むしろ強さすなわちまた別な訳では「忍耐」とされているものの中に示されるものなのです。もし、希望が一つのしるしであるならば、そのしるしはかたくなさや硬直性ではなく穏やかな忍耐という形をとります。希望(という徳)における成長は、長い年月をかけて独特なあらわれ方をするものですから希望において成長を遂げたということに気づかぬままでいる場合があります。<略>希望における成長に気づくためには時間という次元が必要です。他の徳は空間の次元、つまり、見たり触れたりできる事物のほうに結びついています。しかし希望の発達が見えると、つまり今この瞬間というレンズを通して振り返るだけの時間と経験を積むと瞑想が自分の生に起こしている変化をより広く、より深く見ることができるようになります。

 

愛が生まれるためにはある程度の希望が必要です。絶望している人は愛の機会を見ることもこたえることもできません。しかし愛はまた、そのもっとも濃密な瞬間のつながりの中で、希望を著しく開花させ意識全体を覆い尽くすほど拡大します。希望をもつということは私たちの生の中にいてくださる聖霊を知ることなのです。希望をもっているということは霊感を与えられることです。つまり私たちの内部で絶え間なしに御霊の「in-spir-ation(訳注:inspire=in + spirare‘中へ’+‘呼吸する’)」が起こりつづけることを意味します。希望の中で生きるということは私たちの生の中への絶え間ない御霊の吸引を意味するのです。これは、復活後にイエスが弟子達に現れ、息を吹きかけたあの特別の一瞬を持続させることです。イエスの、そして聖霊のこの息が私達の中に入ることこそが賜物(gift)なのです。だから希望とは感謝を意味します。私たちが永遠に感謝する贈り物(gift)は、止まることのない祈りの賜物です。絶え間なしにマントラを唱えることは、エコロジーのバランスを失った生態系への絶え間ない純粋エネルギーの流入に似たこの祈りへと導き入れてくれます。この神の純粋の愛、イエスが送ってくれている聖霊の私達の心への注入によって私たちは存在の純粋性を再び手に入れ、私達の根本的な善を思い出すのです。

 

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>>>>>>>30分間瞑想<<<<<<<

 

覚えていなさい:座りなさい。身動きせずに背筋をのばして座りなさい。軽く眼を閉じなさい。リラックスして、しかし気を張り詰めて座りなさい。静かに、胸の中で、ただ一つの言葉を言い始めなさい。私たちは祈りの言葉「マラナタ」を薦めます。同じ長さの4音節として唱えなさい。自分で言いながら、その音を聞きなさい。やさしく、しかしとだえることなく言い続けなさい。何も考えたり想像したりしてはいけません――たとえ霊的なことであろうと、あるいはそうでなくても。いろいろな考えやイメージが浮かんできます。しかしそれらは流してしまいなさい。瞑想の最初から最後まで、ただひたすらあなたの注意を、謙虚にそして単純に、自分の信仰の言葉を言うことに向けなさい

 

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瞑想の後で

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Athanasius of Alexandria, “Life of Anthony, XCI,”noted in Olivier Clement, THE ROOTS OF CHRISTIAN MYSTICISM (London: New City, 1995) P.204から

 

[アントニーは]2人の仲間に声をかけ<略>、「いつもキリストを呼吸しなさい」と言った。

 

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Weekly Internet Meditation Group Leader

Carla Cooper

WCCM USA National Coordinator

Huston, Texas

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主の平安を

日本語訳担当黒宮康明WCCM京都グループ

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