The World Community for Christian Meditation +

Weekly Internet Medit@tion Group

===========================================

Weekly Readings –June 17, 2001

===========================================

物理的には他の瞑想者達から離れていても、聖霊の中で結ばれています。瞑想が一日の時間の流れの中に組み込まれるように、毎朝そして毎晩、同じ静かな場所、同じ時間に30分間瞑想しなさい。時間をたっぷりと取りなさい、そして忠実にマントラを唱えなさい、そして私たちすべてを聖霊において一つのものとしている沈黙のネットワークに入りなさい。

=========================

John Main OSB著 "Who is at the Center?" WORD MADE FLESH (London: DLT, 1993), pp. 7-9.

 

最近瞑想に真剣に関心をもつ人々に講話をさせていただく機会がありました。お話をしていますと、かなり大勢の人々が瞑想は自分向いていないんじゃないかと考えていました。一人の人がきくんです。本当に簡単に、2つか3つの文で、「瞑想の本質」が何かをまとめられないかって。私は考えをまとめるためにちょっと間をとりました。これは真剣な、そして重要な質問ですし、重要なものはなんだって数語でまとめることができるはずだからです<略>。

 

その時浮かんだ答えはこういうものでした。瞑想というのは、本質においては、一歩引き下がって、神に生活の前面に出ていただくことだ。実際、ふと気づくと、自分自身を世界の中心に置いてしまっているということはしばしば経験するところです。時としてこの気づきが不意に襲ってくることがあります。現実が自分を中心としてまわっているのを眺めている自分に気づくのです。私達は、状況や、人々が自分にどういう影響を及ぼすかという観点をまず第一に考え、反応してしまいます。これは自動的なものです。実際問題としてこの自分中心の見方には問題はありません。実際的な必要性すらそこにはあります。しかし大事なことは、それがどこまで行くのかということです。もし実際に、自分こそが世界の中心であると想像しそれを当たり前のことと考えてしまうとすれば、いかなる状況も、またいかなる人も、いや、自分たち自身ですら、実際にあるがままに見ることなど絶対にできなくなるでしょう。もちろんその理由は、世界の中心にあるのは私達ではない、神様が中心であるという真理にあります。

 

瞑想というのは、自己中心から神中心へと一歩引き下がることなのです。その一歩を取る中で、私達は自分がどこにいるべきか、そして今本当はどこにいるのかという、世界における自分の場所を見出します。私達の関係はすべて、その結果として適切なものになります。お互いの関係、環境とすべての被造物、そして神との関係も。するとじぶんは、本当に神のご計画の中に重要な役割を占めているのだということを発見します、そして私達一人ひとりがそれを発見することが私達の健康にとても重要なのです。私達自身の創造というただ一つしかない贈り物に応えることの尊さを発見することは、今日の社会に生きる人々にとっては最も大切なことかもしれません。

 

どうすればそうすることができるのでしょうか。瞑想はそうする鍛錬です。その鍛錬は、一歩引き下がり、心を自分のまるごとの存在に、神に集中するようになることです。どこから始めるべきなのでしょうか。自分自身がスタート地点です。自分に対して沈黙できるようにする所から始めなければなりません。これが意味するところは、行いや、考えや、財産によって自分はこういう人間だというのではなく、単純に存在していられるようになること、自分自身になることができるようになるということです。瞑想は、静止の中で、沈黙のうちにマントラを唱え続けることを通して、この単純な存在の状態へと私達を入れてくれる一つのコツであり、実践なのです。

 

マントラを唱えることの目的は、それが私達の心の中心となるようにすることです。何も考えてはいませんし、何かの洞察を求めているのでもありません<略>。そういうものはすべて、ますます深まる沈黙に立ちいる時にふりはらいなさい(訳注)そしてその沈黙の中では、あなたの心の中のただ一つの音はマントラとするのです。(訳注:原文は、「そういうものは落ちるにまかせなさい」つまり、瞑想者自信がそういうものに固執しているという含み)マントラそれ自身が、それを唱えるのに必要な忍耐を教えてくれます。そして必要な謙虚さもまた教えてくれます。私達は瞑想の中で神への信仰を確言しようとしているのでも、あるいは神についての何か深遠な洞察にたどり着こうとしているのでもありません。私達は単純に、私達の力の及ぶ限り完全に、そしてたっぷりと私たち自身の存在という贈り物を自分のものにしようとしているのです。そうするためには、静止できるように、沈黙できるようにそして謙虚になれるようにしなければならないのです<略>。

 

信仰の中で始めなければなりません。始めた時は、いったい何が起こっているのか判断することなどいっさいできないのです。そして先にいくとそんなことはどうでもよくなります。また、瞑想は信仰のあり方の一つですので、マントラを3分間唱えてみて、自分がどんな風だか様子を見るためにやめてみるというような形で面白半分でちょっとやってみるなんてこともできません。自分の言葉(マントラ)を最初から最後まで言うようになるのです。それも毎日。これはすっかりと肩の力を抜いてなされなければなりません。そのコツは、その言葉で支配しようだとか押さえつけようだとかするのではなく、心の中でその言葉を解き放ってやることです。ただその言葉を唱え、そして在るようにするのです。

 

これはどこでキリスト教信仰と結びつくのでしょうか<略>。私達は知っています。神が聖霊を送って下さっており、私達がイエスを知ることを通してその聖霊が私達の中に内住くださることを。彼の存在は私達の中にあります。瞑想というのは、その存在に対して開いていることなのです。「というのも、「闇から光が輝き出でよ」と命じられた神は、私達の心のうちに輝いて、イエス・キリストの御顔に輝く神の栄光を悟る光を与えてくださったからです。」(2コリ4:6)

 

=========================

>>>>>>>30分間瞑想<<<<<<<

 

遵守事項:腰をおろしなさい。身動きせずに背筋をのばしなさい。軽く眼を閉じ、リラックスして、しかし気を張り詰めて座りなさい。静かに、胸の中で、ただ一つの言葉を言い始めなさい。私たちは祈りの言葉「マラナタ」を薦めます。同じ長さの4音節として唱えなさい。自分で言いながら、その音を聞きなさい。やさしく、しかしとだえることなく言い続けなさい。何も考えたり想像したりしてはいけません――たとえ霊的なことであろうと、あるいはそうでなくても。いろいろな考えやイメージが浮かんできます。しかしそれらは流してしまいなさい。瞑想の最初から最後まで、ただひたすらあなたの注意を、謙虚にそして単純に、自分の信仰の言葉を言うことに向けなさい

 

=========================

瞑想の後で

=========================

St. Augustine of Hippo著、 "The Confessions," AN ANTHOLOGY OF CHRISTIAN MYSTICISM, Harvey D. Egan編 (Collegeville, MN: The Liturgical Press, 1996), p. 68.

 

今になってあなたを愛するようになった、おぉ美しきものよ、これほどに古くこれほどに新しい、今になってあなたを愛するようになった。そして見よ、あなたは私の中にいたのに、私は外に出ていた、そして外であなたを探し求めていた、そしてわが醜さのまま、向こう見ずにもあなたの作った美しき者たちの中へと飛び込んでいった。あなたは私と共にいた、そして私はあなたとともにいなかった<略>[しかし]あなたは声を出し、大声をあげて私を呼び、私の耳を開いてくれた、あなたは私の上に光り輝き、私の盲目を砕いてくれた、あなたのかぐわしき吐息そして私は私の呼吸の中に吸い込む<略>

 

=========================

この栞はあなたの個人的な使用のためだけに提供されています。(引用される文書は色々な理由で繰り返されることがあります。)将来利用するためにハードディスクに保存してもいいですし、別な機会に読んだり、他の人と共有するためにプリントするのもよいでしょう。

 

インターネット上の瞑想週会に参加し、emailでこの「瞑想の栞」を受け取りたいという方は、http://form.easyml.com/easyml/meditation-c8.php3 で「キリスト教瞑想会ML」に登録してください。

また、瞑想時の姿勢など具体的な方法論を知りたいという方は、世界キリスト教瞑想会京都グループの日本語ホームページ (http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Lynx/8394/)にお越しください。WCCM現リーダーローレンス・フリーマン神父他の写真いりで、具体的な説明がつけてあります。

それ以外、瞑想に関する疑問等ございましたら earlysummer@mcn.ne.jp (黒宮)までメールをいただければ、リーダーのモーリス・オーガスティンや世界本部に取り次がせていただきます。

同サイトで2001年4月以降の瞑想の栞を見ることもできます。

また、英語でこの瞑想の栞を読みたいという方は、当コミュニティ本部のホームページにお越しください。アドレスは、http://www.wccm.org/ です。

WCCMの活動は、皆さんからの寄付で支えられています。時々センターへ寄付金

を送っていただければ大いに感謝いたします。センターの住所は、

  The World Community for Christian Meditation, International Center,

     23 Kensington Square, London W8 5HN, United Kingdom.

アメリカ合衆国ならば、

     The John Main Institute

     3727 Abbeywood, Pearland, TX.  77584

瞑想に関する書籍やテープの全商品のカタログが必要な方、またオンラインで購入されたい方は、http://www.mediomedia.com へお越しください。当サイトはセキュア・サイトとなっています。

Weekly Internet Meditation Group Leader

Carla Cooper

WCCM USA National Coordinator

Huston, Texas

++++++++++++++++

日本語のWeekly Readings (瞑想の栞)翻訳・監修責任者:WCCM京都グループ 黒宮康明

E-mail:blackeagle@earlysummer.org

++++++++++++++++