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Weekly Internet Medit@tion Group

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Weekly Readings -- March 25, 2001

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物理的には他の瞑想者達から離れているかもしれませんが、あなたは聖霊の中

で彼らと結ばれています。毎朝そして毎晩、瞑想の時間を半時間とりなさい。

できれば同じ静かな場所そして時間に座りつづけなさい。そうすることによっ

て瞑想の時間が一日の自然な時間の流れの一部に組み込まれていくからです。

時間をたっぷりと取りなさい、そして忠実にマントラを唱えなさい、そして私

たちすべてを聖霊において一つのものとしている沈黙のネットワークに入りな

さい。

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ジョン・メインOSB著、"The Accuracy of Sacrifice," Moment of Christ

(New York: Continuum, 1998), pp.113-114.

 

瞑想が私たち一人ひとりにつき付けてくる難題があります。瞑想をしている

と、「神を探し求めるのかそれとも自分を求めるのか」という初歩的な贖いの

問いかけに直面させられのです。この問を別な表現で言えば、「自分の限界を

越えて自分の目的地を探し求めるのか、つまり、自分の力の及ぶ範囲の中でだ

け自分を見極めようとするのか、それとも自分自身を越えて、神の中に、目的

地を探し求めるのか」ということになります。私たち自身のエゴイズムが築き

上げた限界を押し破ろうとすること、それが瞑想の本質なのです。

 

さて、私たちにとっての難題は、世界を拒絶することでも、自分を拒絶するこ

とでもありません。難題は、生贄をささげられるようになることなのです。生

贄をささげるためには、神に何かを差し出さなければなりません。そしてユダ

ヤの律法では、一つのもの全体がまるごとささげられたのでした。それはホロ

コースト、すなわち全燔祭のささげものと呼ばれていました。一かけらも残さ

れることはありませんでした。すべてが神にささげられたのでした。それこそ

瞑想が私達の人生に対して行なうことなのです。マントラを唱えると、つまり

瞑想をすると、自分を完全に、まるごと、神に捧げることができるようになる

のです。瞑想をすると、自分という存在のすべてを無条件に神に対して差し出

すことができるようになるのです。それがマントラだけを響かせつづける理由

なのです。時がくると、それすらも差し出すことができるようになります、な

ぜならばもう私達は瞑想の中ですべてを神に委ねきっているからです。私達は

神の存在の中にある、そして私達は神の寛容のおかげで神の存在の中に置いて

いただいているのです。

 

瞑想の素晴らしさは、この自分を生贄とし自分を失うことの中で、神の存在が

私達の存在となり、神の寛大さが私達の寛大さとなるところにあります。そし

て途中でめげることなく瞑想を続けていくと、自分をさらに完全に失うことが

できるようになります、つまり生贄がますます完全なものとなり、その結果寛

大さが絶えず大きくなっていくのです。それが、瞑想の間中、最初から最後ま

でマントラを唱え続けることがいかに大事かをこれほど頻繁に強調する理由な

のです。何の思いも、言葉も、想像も、考えももってはいけません。ホロコー

スト、つまり全燔祭のささげものなのです。意識を神に差し出すこと、多分こ

れこそ意識をもつ人間として私たちにできる最高のことなのではないでしょう

か。意識を差し出すことによって私達は完全な意識を手に入れることができる

のです。

 

これが、「人間の理解を超える神の平安が、あなた方の心と思いとをキリスト

・イエスによって守るでしょう」と神の身近さを語る時の聖パウロの体験なの

です。私達は、その平安を絶対的に探し求めるようにならなければなりませ

ん。中には、イエスが私たちに完全に身をゆだねるよう招いているなどと語る

ことは賢明ではないと考える人もいることでしょう。また中には、そういう話

を聞くということ自体が専門家に限定されていることだと考える人もいること

でしょう。しかし私に理解できる限りにおいて、イエスは私たち一人ひとり

に、自分の十字架をとり、カルバリまでイエスの後を追い、イエスとともに身

を捧げ、そしてイエスとともに父の永遠の愛の中へと入り込むように招いてい

るのです。

 

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>>>>>>>30分間瞑想<<<<<<<

 

覚えていなさい:座りなさい。身動きせずに背筋をのばして座りなさい。軽く

眼を閉じなさい。リラックスして、しかし気を張り詰めて座りなさい。静か

に、胸の中で、ただ一つの言葉を言い始めなさい。私たちは祈りの言葉「マラ

ナタ」を薦めます。同じ長さの4音節として唱えなさい。自分で言いながら、

その音を聞きなさい。やさしく、しかしとだえることなく言い続けなさい。何

も考えたり想像したりしてはいけません――たとえ霊的なことであろうと、あ

るいはそうでなくても。いろいろな考えやイメージが浮かんできます。しかし

それらは流してしまいなさい。瞑想の最初から最後まで、ただひたすらあなた

の注意を、謙虚にそして単純に、自分の信仰の言葉を言うことに向けなさい

 

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瞑想の後で

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詩篇116:6-12、ニュー・アメリカン・バイブル(Nashville: Catholic Bible

Press, 1987),p.637.(私訳)

 

主は素朴な者を守ってくださる

私は救いのない状態であったが神は私を救ってくださった。

私の魂よ安らぎの場所へ帰れ、

主が素晴らしいことをして下された。

私の魂は死から解き放たれ、

私の目は涙から、私の足は躓きから解き放たれたのだ。

私は主の御前を歩く、

生きる者達の大地で

私は信じ続けた、

「私はとても苦しい!」と言ったときでさえも。

不安が募り、「誰も信じられない」と言った時も。

私のためになされたすべての良きことに

どうすれば主に報いることができるのだろう。

 

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この栞はあなたの個人的な使用のためだけに提供されています。(引用される

文書は色々な理由で繰り返されることがあります。)将来利用するためにハー

ドディスクに保存してもいいですし、別な機会に読んだり、他の人と共有する

ためにプリントするのもよいでしょう。

 

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Weekly Internet Meditation Group Leader

Carla Cooper

WCCM USA National Coordinator

Huston, Texas

日本語訳担当黒宮康明WCCM京都グループ小間使い

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