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Weekly Internet Medit@tion Group

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Weekly Readings ?May 13 , 2001

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物理的には他の瞑想者達から離れているかもしれませんが、あなたは聖霊の中で彼らと結ばれています。毎朝そして毎晩、瞑想の時間を半時間とりなさい。できれば同じ静かな場所そして時間に座りつづけなさい。そうすることによって瞑想の時間が一日の自然な時間の流れの一部に組み込まれていくからです。時間をたっぷりと取りなさい、そして忠実にマントラを唱えなさい、そして私たちすべてを聖霊において一つのものとしている沈黙のネットワークに入りなさい。

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John Main, OSB, “Eternal Youth,” THE WAY OF UNKNOWING (New York: Crossroad, 1990), pp.91-93より

 

人々がもっとも恐れ、そして悲しむものの一つに老いることそして体力が衰えることへの恐怖がある。人が老い行く姿を見ていると、永遠の若さの夢などまぼろしでしかないと思い知らされ、悲しくなる。常に瑞々しさと活力を満たしてくれる永遠の若さの泉などはどこにもない、結局、我々の活力はまったく限られたもので、すぐにピークに達し、そして長い時間をかけて衰退していくものなのだという結論を受けいれざるを得ない。

 

(しかし)瞑想していると、永遠の若さの神話が人間について深遠なる真理を物語るものであることがわかる。年齢などは関係ない。この永遠の若さのエネルギーにいたる道を発見するには英知が必要なのだ。この神話に描かれている泉は、深い森の奥深くに隠されており、その森を通り抜ける旅には幾多の困難と試練が満ち満ちている。がその旅は内的な旅、実在の内的なプロセスを象徴しているのである。もし外的世界だけに永遠の若さの泉を捜し求めるなら、肉を持つものはすべて死すべき定めにあるという失望にしか行き着くことはできない。それが悲しい現実である。しかし、もし、この旅の苦労、厳しさをしっかりと受けとめながら内面を探り求めるならば、案外早く、イエスが語っている泉が現実に存在していることがわかる。「永遠の命に至る水が湧き出る泉」は、確かに、すべての人が立ち寄り、心いくまで飲むことができるようにそこにある。自分の中にある。この泉への旅路をたどる者は、年を重ねるごとにますます幼子のようになっていく。

 

時々、子供らのような単純さ素朴さで体全体を輝かせているような老人に出会うことがある。こういう人々は経験に裏打ちされた落ち着きと知恵に加えて、自然で、率直で、自由で若々しい。成熟、それもキリスト者の成熟というのはこの無邪気と経験の組み合わせなのだ。このような成熟に到達した人の特徴は、手をのばし、実際に触れることができる所にある。子供は生まれつき、この無邪気さをもっている。しかし、残念ながら、ほとんどの人は、傷つけられ、失望させられたりするうちに、あるいは、ひどい裏切り行為に出会い、もう二度と自分をあからさまにさらすなんてできないと思うような体験を重ねるうちにその無邪気さを失ってしまう。そんなことをすればまた、ひどい目にあわされるとか誤解されるとか思うようになってしまう。その結果、知恵ではなく冷笑的な態度を身につける。

 

瞑想を始めるのは、こういう段階であることが多い。中には幸運な人もいて、まだ無邪気さを失う前に、瞑想を始める人もいるかもしれないが、ほとんどの人は何かをなくしてしまって、どうしてもそれを取り戻さなければという気持ちから始めるものだ。あの無邪気さへ立ち戻る道を見つけ出さない限り人間として生き長らえることができないという差し迫った気持ちで始めることが多い。しかし、この内的な旅の不思議は、失われたものなどよりはるかに大きなものを回復するところにある。すばらしいではないか、私達は、ただ単に失ってしまった無邪気さへ立ち戻るばかりでなく、キリストの無垢そのものを手にいれるのだと宣言されているのだ。私達の新しい無垢は、十字架を通して、復活によって、主がすべての人のために取り戻してくださったものなのだ。永遠の命の泉への道は辛いものであるかもしれない。しかしその旅は、心の中を流れる水の流れをたどるもの。マントラが立ち入ることのできない森の中に道を切り開いてくれる。ただただ旅を続けなければならない。忠実にマントラを繰り返し続けなければならない。半透明な状態で妥協してはいけない。キリストの光の中に完全に入り込まなければならないのだ。

 

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>>>>>>>30分間瞑想<<<<<<<

 

覚えていなさい:座りなさい。身動きせずに背筋をのばして座りなさい。軽く眼を閉じなさい。リラックスして、しかし気を張り詰めて座りなさい。静かに、胸の中で、ただ一つの言葉を言い始めなさい。私たちは祈りの言葉「マラナタ」を薦めます。同じ長さの4音節として唱えなさい。自分で言いながら、その音を聞きなさい。やさしく、しかしとだえることなく言い続けなさい。何も考えたり想像したりしてはいけません――たとえ霊的なことであろうと、あるいはそうでなくても。いろいろな考えやイメージが浮かんできます。しかしそれらは流してしまいなさい。瞑想の最初から最後まで、ただひたすらあなたの注意を、謙虚にそして単純に、自分の信仰の言葉を言うことに向けなさい

 

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瞑想の後で

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St. Therese of Lisiux, letter to P. 5/9/8/87, in A DISCOVERY OF LOVE, ed. T.Carey, OCD (New York: New City, 1992) p.130

 
「兄弟よ、私は神の義をこう考える。それは信頼であり愛だ。私はこれほどやさしい友を恐れる魂が理解できない。霊的な書物を読んでいると、無数の幻影に取り囲まれた数多の障害物の彼方に完全があるような描き方をしているものに時々出会う<略>。それを読んでいると頭は割れんばかりに痛くなり、心はカラカラに乾いていく。そんな時は、その学術書を閉じてしまい聖書をとり上げる。すると私にはすべてが明快であるように思えるのだ。たった一つの言葉が、私の魂に無限の地平を見せてくれる。そして完全さというものも私には単純である。自分が無であることを認識し、幼子のように神の腕の中にわが身を投げ出せば十分なのだ。」

 

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この栞はあなたの個人的な使用のためだけに提供されています。(引用される文書は色々な理由で繰り返されることがあります。)将来利用するためにハードディスクに保存してもいいですし、別な機会に読んだり、他の人と共有するためにプリントするのもよいでしょう。

 

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Weekly Internet Meditation Group Leader

Carla Cooper

WCCM USA National Coordinator

Huston, Texas

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これまでに、京都グループの集会で使用されたジョン・メイン師、ローレンス・フリーマン師の講話の日本語訳は、http://www.geocities.com/earlysummer/ でごらんいただけます。

 

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主の平安を

日本語訳担当黒宮康明WCCM京都グループ